「ーはあ?文学部って、あんた正気なの?どっかで頭うったの?」

彩響の言葉に母がまっさきに言った言葉だった。凡そこうなるかと思っていたけど、実際言われると痛い。でも、あえて平気な顔で彩響は説明した。

「先生が、A大学の文学部ならきっと大丈夫って言ってましたけど…」

母の顔が早速不機嫌になる。あ、又この顔だ。彩響を遠慮なく責める時いつも出てくる、刃のように鋭い目。母はその目で彩響を思いっきり睨みながら言い続けた。

「ーいい?彩響、ちゃんと聞きなさい。私があなたを大学に進学させようとしているのは、高卒よりは大卒の方がきちんとしたところへ就職できて給料もきちんと貰えるからだよ。なのに、はあ?文学部ですって?あなたまだ作家とかそんなでたらめを言ってるの?信じられないわ。」

「お母さん、違います。作家になろうとしてるわけではないです。ただ私は…。」


確かに幼い頃は作家になりたいと思った時期もあった。でも、もうそうは思わない。ただ大学でなにかを学べるなら、少しでも興味のある学科を選びたいと思っただけだった。しかし母の怒りはそのままエスカレートし、結局いつものように爆発した。


「うるさい!どうせ医者にも弁護士にもなれないくらいなら就職に有利な専攻を選びなさい!言ったでしょう?小説とか芸術とか、そんなのは明日のお米の心配しなくてもいい、そういう連中が気楽にやるものなの。大学に行かせてあげるだけでも感謝するべきなのに、なにのんきなこと言ってるの?娘として少しは母の苦労を理解しなさい!」

「娘」と「母」の関係で、娘はぜったい母に逆らえない。なぜなら母という存在は聖なる命をくださった人で、今まで育ててくれた人で…。そういうのを考えると、どうしてもなにも言えなくなる。そして、なにより…。

「…ごめんなさい、お母さん。」

ーなにより、母に愛されたいと思ったから。


「ちゃんと考え直します。医大にいけるくらいの成績にはなれなくてごめんなさい。」

彩響の言葉に、母の怒りが少しはしずまったように見えた。さっきよりはだいぶ優しい声で、母はあの「いつものセリフ」を言った。

「これは全部あなたのためよ、彩響。私はあなたの母親だから、あなたのことなら何でも知っているよ。なにもかも私の言う通りにすればいいよ。」

そうだ、母の言葉はいつだって正しい。だって私を捨てずに今まで育ててくれた人ですもの。ぜったい私に悪いようにするはずがない。はずがない…。




「…き…」

「……」

「さ…き…さい…」

「うう…」

「ー彩響姫!お目覚めの時間です!」

「うわっー!!」


ぱっと目が覚めると、すぐ前に誰かの顔が見えた。彩響は又大声を出し、そのままベッドから転げ落ちる。あまりにも激しい反応に、その誰かさんが慌てた声で聞く。


「あ、ごめん。驚かせちゃった?」

「へ、へ、部屋に入るときはノックをしなさい!」

「ノック何回もしたよ?起きないから入ってきただけだもん。そろそろ起きないとやばいんじゃないの?」


林渡くんの言う通り、いつの間にかアラームを設定していた時刻から結構経っていることに気づく。確かに起こしてくれたのはありがたいけど、それでも感謝する気にはならず、彩響はそのまま叫んだ。


「わ、分かったから出ていって!」

「はーい。早く支度してちゃんと朝ごはん食べてね。」


そう言って、林渡くんが部屋を出ていく。彩響はベッドの上に座り、ぼんやりと自分が見ていた夢の内容を思い出した。