「どうしたの?上にケチャップかけたいとか?なんだったらハートとか書いてあげるよ?」

「いや、結構です。…なんか、ちょっと心配になっただけ。」

「なにが?」

「その、自分で作ったから…美味しく作った自信がなくて。」


彩響の言葉に林渡くんが笑う。なによ、こっちは深刻に言ってるのに…。口をとがらせる彩響に彼が言った。


「素直に言う彩響ちゃんも可愛いけど、まあまず食べてみて。きっと想像以上に美味しいはずだから。」


そう言われても、せいぜいカップ麺くらいしかこのキッチンで作ってないのに、そう簡単に美味しいものを作れるはずが…。そう思いながら、恐る恐るスプーンを口の中に運ぶ。そして…。


「…!なにこれ、美味しい…。」


玉子は丁度いい感じにふわふわで、チキンライスも具材が豊富で塩加減も丁度いい。オムライスなんてファミレスで食べるだけのものだと思っていたけど、まさか自分で作るとは。感心して彩響がつぶやく。


「すごい、私が作ったものがこんなに美味しいなんて…。」

「言ったでしょう、絶対美味しいって。」

「いや、でもこれはぜんぶ林渡くんが隣で指示したからでしょう。私の実力じゃないよ。」

「なに言ってるの、包丁を使ったのも彩響ちゃんで、ご飯を炒めたのも彩響ちゃんで、玉子を焼いたのも彩響ちゃん。俺は隣で指示しただけだよ?これで彩響ちゃんも料理できるようになったね。」


せいぜいオムライスを一回作ったくらいで料理ができるとか軽々しく言えないのは林渡くん自身もよく知ってるはず。それでも、彼なりに慰めるため努力をしているその気持ちがありがたいと思った。でも素直に感謝の気持ちを口にできず、彩響はただスプーンを動かしてオムライスを食べ続けた。


「ご馳走様ー。本当美味しかった。」

「はい、良かったです。又一章に作ろうね!」

(「又」…?)


いや、多分又何かを作る機会はないだろう。今日は巻き込まれてしまった感があるけど、野菜を切ってご飯を作る余裕なんかなかなか見つからないと思う。でも向こうはすごく期待しているようで、彩響は特に否定も肯定もせずそのまま食卓から立ち上がった。


「お皿、洗うよ。」

「ううん、お皿は大丈夫。早く休んで。…あのさ、彩響ちゃん。」

お皿を片付けようとする彩響を林渡くんが改めて呼ぶ。視線を向けると、彼は一瞬恥ずかしいように目をそらして、でもすぐまっすぐ彩響の目を見つめた。


「俺、別になんの力もないけど、少しは彩響ちゃんの気持ち分かってるはずだから。だから、辛いときは俺に言って。」


『気持ちが分かる』と言うのは、きっと母のことだろう。いきなり料理しようとか言い出して流されてしまったけど、彼も彼なりに悩みがあるように見えた。もしかしたらいい話相手になるかもしれない。一瞬そう思ったけど、彩響はすぐ首を横に降った。


(いや、相手は9歳も年下の男の人、いや…男の子でしょう。この歳になって悩み相談とか、恥ずかしいだけだよ。)


そう、今までのように、自分のことは自分でなんとかする。30年もそうやってきたから今更できないこともない。友達になにもかも吐き出して少しはスッキリできた20代ではないから。


「ありがとう、林渡くん。でも大丈夫。自分のことは自分でなんとかするよ。」


少し残っていた仕事を済まして、彩響はベッドの上に体を寝かせた。暗い天井を見ながら、ふとさっきのオムライスのことを思い出した。