林渡くんの言葉に、ふと以前彼が言っていたことを思い出す。そう、確か自分の名字が好きじゃないから、下の名前で呼んでほしいと言ってた。今の発言と、そのときの言葉が自然とつながる。そうだ、これは「普通ではない」家庭で育ったもの通し感じられるなにかの感だ。彩響が恐る恐る聞いた。
「林渡くんのお母さんは、どんなふうに「普通」じゃないの?」
「俺が小学生の頃、お父さんが再婚した相手だよ。」
「…本当のお母さんは?」
「親父と離婚してからは連絡してない。だから今はどこでなにをしているのか知らない。」
つまり、林渡くんの家は再婚家庭で、今の母とは血が繋がっていない…ってことか。自分の名字が好きじゃないとか、それはきっと再婚した父への恨みから出た言葉だろう。彩響は軽くため息をついた。
「私の母は私が中2のとき離婚したの。再婚はしていない。でも、ずっと一人娘である私に必要以上に執着して、今でもそれが続いてる。」
「どんな風に執着するの?」
「母は…私のこと、自分が産んだから、自分が一人で育ててあげたから、私が自分が望む通りの人生を歩んでほしいって思っているの。でも、私が元カレと破婚して、期待していた通り動いてくれないから、ずっと怒ってなにをしても不満を言ってくる。」
しばらく沈黙が続く。林渡くんは何回か深呼吸をして、感情を抑えるように必死に努力している様子だった。でも、結局は我慢できず、頭を下げて震える声で言った。
「俺の継母も、ずっと冷たかった。殴ったり暴言を言ったりはしなかったけど、いつも俺を見る目は冷めていて…。」
その言葉で分かった。悩みなんかないように見えた彼にも、心の奥底には影があったことを。そして、それはもしかしたら彩響と似たような種類のものかもしれない。そう思うと、心の奥底が痛くなってきた。なにを言えばいいのか分からず、悩んでいると、いきなり林渡くんがぱっと頭を上げた。
「…料理をしよう!」
「え?」
「いいから。まだご飯食べてないでしょう?一緒につくろう。」
そう言って、林渡くんが彩響の手を引っ張り、キッチンの方へ向う。うかうかと調理台の前に立った彩響は、早速冷蔵庫の中から色々と出してくる林渡くんをじっと見ていた。しばらくして、林渡くんが両手いっぱい具材を持ってきて、彩響の前に下ろす。どういうことかと目で訴える彩響に、林渡くんがエプロンを渡した。
「これから料理するの。」
「え?どういうこと?」
「悲しいときはなにか目に見える成果がはっきり分かることをした方がいいの。だから一緒に作ろう!」
「作るって、なに作るの?」
「それはこれからのお楽しみ。さあ、人参から切って!みじん切りにして。」
「いや、私やったことないし…。」
その言葉に、林渡くんが彩響の手を握る。そのまま別の手でも彩響の片手を掴み、指を丸くする。突然の行動に驚く余裕もなく、林渡くんが説明する。
「包丁で切るものを指を丸くして固定するの。そう、卵を握っていると想像してみて。」
「こっ、こう…?」
「そうそう、上手!で、包丁を引っ張るような感じで、切っていく。」
手を重ねたまま、徐々に野菜を切っていく。途中手を抜こうとしても、林渡くんの眼差しがあまりにも真剣で、声をかけるタイミングを見逃してしまう。しばらくすると、彩響はなんだかこの状況がどんどん恥ずかしくなってきた。
(いやいや、なんで私がこんな意識してるの?相手はただの家政婦で、これはあくまで料理を教えているだけ。そう、それだけ。)
「彩響ちゃん?大丈夫?」
「え?あ、いや…大丈夫。」
「玉子も用意しよう。全部で4個。確か昼残ったご飯がこっちに…。」
言われるまま、彩響はフライパンで切った具材を炒め、ご飯も追加し、又別のフライパンで解いた玉子を薄く焼く。途中で何回も手を握られたり後ろからくっつかれたりしたけど、林渡くんは意識していない様子だった。ただいかにこの料理をうまく完成させるか、それにすべての神経を集中させている様子だった。やがて、すべての工程が終わり…。
「はい、これで完成!今日の夕飯はオムライスです!」
途中でなにを作るかはもう気づいていたが、なぜかそれを言っちゃったらいけないような気がして黙っていた。いや、そもそもなぜ私はこのオムライスを作ることにつきあってしまったのか…。ジロジロ食卓の上のオムライスを見下ろしていると、林渡くんがスプーンを持って食卓に座った。
「どうしたの?食べないの?」
「いや、なんだか…オムライスなんて、人生で一回も作ったことなかったなと思って…。」
「自炊したことはないの?」
「インスタントラーメンくらいかな。料理なんか、作るの時間の無駄だと思ってたから。」
そう言って、思わず林渡くんの様子を探る。幸い彼は今の彩響の発言を意識しない様子で、むしろ少し嬉しそうな顔で答えた。
「じゃあ、彩響ちゃんの人生初のオムライスは俺と一緒に作ったってことになるよね。」
「え?まあ、そう…だね。」
「へへ、光栄だね。じゃあさっさと召し上がれ!」
そう言って、林渡くんがオムライスを食べ始める。しかし彩響はなかなか手をつけることができず、じっとオムライスとにらめっこをしていた。それに気づいた林渡くんが又質問する。
「林渡くんのお母さんは、どんなふうに「普通」じゃないの?」
「俺が小学生の頃、お父さんが再婚した相手だよ。」
「…本当のお母さんは?」
「親父と離婚してからは連絡してない。だから今はどこでなにをしているのか知らない。」
つまり、林渡くんの家は再婚家庭で、今の母とは血が繋がっていない…ってことか。自分の名字が好きじゃないとか、それはきっと再婚した父への恨みから出た言葉だろう。彩響は軽くため息をついた。
「私の母は私が中2のとき離婚したの。再婚はしていない。でも、ずっと一人娘である私に必要以上に執着して、今でもそれが続いてる。」
「どんな風に執着するの?」
「母は…私のこと、自分が産んだから、自分が一人で育ててあげたから、私が自分が望む通りの人生を歩んでほしいって思っているの。でも、私が元カレと破婚して、期待していた通り動いてくれないから、ずっと怒ってなにをしても不満を言ってくる。」
しばらく沈黙が続く。林渡くんは何回か深呼吸をして、感情を抑えるように必死に努力している様子だった。でも、結局は我慢できず、頭を下げて震える声で言った。
「俺の継母も、ずっと冷たかった。殴ったり暴言を言ったりはしなかったけど、いつも俺を見る目は冷めていて…。」
その言葉で分かった。悩みなんかないように見えた彼にも、心の奥底には影があったことを。そして、それはもしかしたら彩響と似たような種類のものかもしれない。そう思うと、心の奥底が痛くなってきた。なにを言えばいいのか分からず、悩んでいると、いきなり林渡くんがぱっと頭を上げた。
「…料理をしよう!」
「え?」
「いいから。まだご飯食べてないでしょう?一緒につくろう。」
そう言って、林渡くんが彩響の手を引っ張り、キッチンの方へ向う。うかうかと調理台の前に立った彩響は、早速冷蔵庫の中から色々と出してくる林渡くんをじっと見ていた。しばらくして、林渡くんが両手いっぱい具材を持ってきて、彩響の前に下ろす。どういうことかと目で訴える彩響に、林渡くんがエプロンを渡した。
「これから料理するの。」
「え?どういうこと?」
「悲しいときはなにか目に見える成果がはっきり分かることをした方がいいの。だから一緒に作ろう!」
「作るって、なに作るの?」
「それはこれからのお楽しみ。さあ、人参から切って!みじん切りにして。」
「いや、私やったことないし…。」
その言葉に、林渡くんが彩響の手を握る。そのまま別の手でも彩響の片手を掴み、指を丸くする。突然の行動に驚く余裕もなく、林渡くんが説明する。
「包丁で切るものを指を丸くして固定するの。そう、卵を握っていると想像してみて。」
「こっ、こう…?」
「そうそう、上手!で、包丁を引っ張るような感じで、切っていく。」
手を重ねたまま、徐々に野菜を切っていく。途中手を抜こうとしても、林渡くんの眼差しがあまりにも真剣で、声をかけるタイミングを見逃してしまう。しばらくすると、彩響はなんだかこの状況がどんどん恥ずかしくなってきた。
(いやいや、なんで私がこんな意識してるの?相手はただの家政婦で、これはあくまで料理を教えているだけ。そう、それだけ。)
「彩響ちゃん?大丈夫?」
「え?あ、いや…大丈夫。」
「玉子も用意しよう。全部で4個。確か昼残ったご飯がこっちに…。」
言われるまま、彩響はフライパンで切った具材を炒め、ご飯も追加し、又別のフライパンで解いた玉子を薄く焼く。途中で何回も手を握られたり後ろからくっつかれたりしたけど、林渡くんは意識していない様子だった。ただいかにこの料理をうまく完成させるか、それにすべての神経を集中させている様子だった。やがて、すべての工程が終わり…。
「はい、これで完成!今日の夕飯はオムライスです!」
途中でなにを作るかはもう気づいていたが、なぜかそれを言っちゃったらいけないような気がして黙っていた。いや、そもそもなぜ私はこのオムライスを作ることにつきあってしまったのか…。ジロジロ食卓の上のオムライスを見下ろしていると、林渡くんがスプーンを持って食卓に座った。
「どうしたの?食べないの?」
「いや、なんだか…オムライスなんて、人生で一回も作ったことなかったなと思って…。」
「自炊したことはないの?」
「インスタントラーメンくらいかな。料理なんか、作るの時間の無駄だと思ってたから。」
そう言って、思わず林渡くんの様子を探る。幸い彼は今の彩響の発言を意識しない様子で、むしろ少し嬉しそうな顔で答えた。
「じゃあ、彩響ちゃんの人生初のオムライスは俺と一緒に作ったってことになるよね。」
「え?まあ、そう…だね。」
「へへ、光栄だね。じゃあさっさと召し上がれ!」
そう言って、林渡くんがオムライスを食べ始める。しかし彩響はなかなか手をつけることができず、じっとオムライスとにらめっこをしていた。それに気づいた林渡くんが又質問する。