「なに言ってるの?自分の娘に会いに来るのに、一々許可取る必要ある?」

母が鋭い声で言い放つ。その声を聞いた彩響は特に罪もないのに、ビクッと肩を窄めた。席に座り、母の表情を探ると、やはりどこかピリピリしているのを感じる。彩響は向こうに気づかれないよう心の中でつぶやいた。

(はあ…今日は又なんだろう…。)


「いらっしゃいませ。…あ、この方が先程仰ってくれました娘さんですね?」


隣へやってきた店員が彩響を見て、なぜかこう言ってきた。わけが分からなくて母の顔を見ると、今までのピリピリした雰囲気はどこに行ったのやら、母は世界一やさしい顔で店員に話した。


「そうなの、この子が私の娘なの。すごい美人で頭もいいのよ。今はね、雑誌を作る会社で主任やってるの。」

「そうなんですね。誇らしく思って当然です。」

「あ、あははは…どうも…。」


店員さんの慣れた接客に感心しながらも、彩響は苦笑いをするしかなかった。だって、こんなにも他人には娘のことを自慢しながらも、直接本人には一回も「偉い」とか「凄い」という言葉を言ってくれたことがないから。これはあくまで「こんな立派に娘を育てた私が偉い」とアピールしたいだけで、本気で娘を自慢に思っているわけではないと、彩響は大昔からずっと知っていた。もう諦めている部分だけど、やはり嫌な気分になるのは仕方ない。


「ーで、どういうことなの?」

「はい?」

「全く連絡もしないし、帰ってこないし。だから私がわざわざ来たのよ。まさか、新しい彼氏でもできたの?なら分かるけど。」

「いいえ、仕事が忙しかっただけです。」

「なによ、男もできてないのになにがそんなに忙しいの?全く、あなたいつ結婚するつもりなの?そもそも結婚する気はあるのかしら?」

「今は忙しいので…。」


早速母の攻撃が始まる。まだなにも食べてないのにもう胃もたれしそうになる。しかしここで少しでも嫌な顔をしたらさらに酷いことを言われるため、彩響は頑張って平然とした顔を維持した。母は自分の感情を隠したりせず、思いっきり眉間にしわを寄せる。いや、隠す必要がないと思うのだろ。なにを言おう、自分は母が世界一侮る相手、「娘」だから。

「そんなに仕事仕事いうくらいなら武宏と結婚すればよかったじゃない。同居までして、マンションまで買っておいて、何様のつもり?周りから『娘さんいつ結婚するんですか』って聞かれるたびに恥ずかしくて仕方ないわ。」

「…何度も言いますが、私が振ったんです。」

「結果別れたんだから、誰が先に振ったのかはどうでもいいことよ。ねえ、一体武宏のどこがダメだったの?背も高いし、職も持ってたし、顔も悪くなかったでしょう?」


母のマシンガンのような質問攻撃が続く。彩響はただ視線を逸らし、話題転換のため早く料理が運ばれてくることだけを待った。しかし中々料理はこないまま、気まずい空気はしばらく続いた。


「何度も言ったでしょう?結婚は現実よ、現実。あんたのように気が強くて、こうして母親に口答えしてくる女を、一体誰が好んでくれるというの?いつも仕事仕事で、女としての基本もできてないのに?」

「じゃあお母さんは、私がずっと無視されて、奴隷のような扱いされて、そんな結婚生活をしてもよかったってことですか?」

「あんたがきちんとしていればそんな扱いされないでしょう。それに、もしそうなっても、結婚できずずっと一人でいるよりマシよ。」


じゃあお母さんはなぜ父と離婚したんですか?あれだけお互い殺しあう勢いで喧嘩しておいて、自分自身も家庭をきちんと守れなかったくせに、なんの資格があって私を攻めるんですか?

ーこんな言葉が喉まで上がってくる。彩響はお水を一気に飲み込み、すぐにでも爆発しそうな言葉を喉の奥へ入れなおした。「あなたも離婚したくせに」という発言は、母の前では禁句だった。どれだけ悔しくても、どれだけ酷いことを言われても。


「あんたももう30を超えているでしょう。女としての商品価値がどんどんなくなるわよ。早く相手探しなさい。」

(商品価値…。)