白谷くんが彩響を見て大きい声で彩響を迎えてくれる。よく見ると、何故かみんな佐藤くんのテーブルの周りを囲ってざわざわしていた。その中にはなんだか気に喰わないような顔をしている大山編集長も混ざっている。彩響に気付いた佐藤くんがモニターの画面を指で挿した。


「主任、見てくださいよ!今月の売り上げ、25%もUPしたんすよ!」

「え、そうなの?」

「はい!これ、あの例の女優とのインタビューの影響です!」


スルメイカのパワーで心を掴まれたレイチェルは、約束通り食事に誘ってくれた。そして望んだ通りとても美味しいネタをバンバン流してくれた。そう、大半は元カレのネタで、彼女が語る話は世間に知られていたこととは結構違った。


ー「だから、先に女を家に連れ込んだとのことですか?」

ー「そうだよ。なのに先にマスコミに色々と言いやがって。」

ー「いや、でも、こんな話私に言っていいんですか?一応インタビューのつもりですが…。」

ー「いいよ、もうビッチ扱いするのは飽きたし。向こうもまさか私が日本まで来てこんなこと喋ってるとは思わないんだろうし。むしろ面白くなりそうで楽しみだわ。」


さすがゴシップに強いハリウッド女優。彩響はこの美味しいネタを無駄にしなかった。刺激的な内容がたっぷり入ったインタビューはそのまま記事になり、雑誌に載った。そしてそれが話題になり、結果売り上げに繋がったわけだ。

「……。」

みんなが大喜びで彩響を褒める中、とても機嫌が悪そうにしている人ももちろんいた。大山編集長は眉間にシワを寄せ、何か文句をぶつぶつ言うのかと思えば、そのままオフィスを出て行ってしまった。その姿に佐藤くんが彩響の耳へ口を当てて、こそこそ言い出した。

「まったく、絶対あのレイチェルに嫌われて失敗すると思ったんすよ。ざまあみろっ!」

こんなふうに思いっきり編集長の悪口を言うのはこの中で佐藤くんくらいだ。でもまあ、ずっとストレスを受けていたのは事実なので、佐藤くんの言葉に機嫌が良くなるのを感じる。いつも職場は戦場だと信じ込んで気を緩めてはいけないと自分自身に言い続けてきた彩響だったが、今日は素直に笑うことができた。

「いや、私がインやビューしたのは確かに効果的だったのかもしれないけど、これはみんなの努力のおかげよ。みんなお疲れ様でした。」

「そう言わないでくださいよ、主任!ここは偉そうに『私凄いよ』と自慢してもいいところですよ!これで年末のボーナスとかも期待できそうですね。」

「はは、ありがとう、白谷くん。」

「主任、今日の夜空いてたりします?みんなでお疲れ様会しようと思うんですけど、主任が主役なんで是非と思って。」

「あ、いいね、じゃあ…。」


ブブーン!


白谷くんの誘いにOKの返事をしようとした瞬間、ポケットからスマホが鳴った。ちらっと画面を見た瞬間、彩響の思考が一瞬止まった。画面にはこんなメッセージが浮かんでいた。

「今すぐ駅前のイタリアンレストラン」

(ヤバイ、よりによってこんなタイミングですか…。)

「あーごめん。私、ちょっと急用ができて。今から出なきゃいけないの。」

「え?そんな、主役がいないと意味ないのに。どうしてもですか?」

「そうなの、本当ごめん。又今度誘って。じゃあね!」


急いでジャケットを手に取り、彩響はオフィスを出た。そしてランチタイムの時間を満喫している会社員たちの中をくぐり抜け、全力で駅の方へ走る。幸い、例のあのイタリアンレストランはそこまで混んでいなかった。もしタイミング悪く混んでいて、「あの人」がまた機嫌を損ねていたりしたらーいや、機嫌が悪いのはいつものことだから、今更心配してもしょうがないか。彩響は息を整え、お店の中へ入った。


「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

「いいえ、連れが待ってます。」

「ー彩響!」


向こうから大きな音がする。その声を聞いた瞬間、なんとか落ち着かせた心臓が又バクバクするのを感じる。それでも彩響はあえて落ち着いた顔で、自分を呼んだその中年女性の方へ近づき、微笑んだ。


「お母さん、どうしたんですか、連絡もしないで。」


峯野衣咲子、55歳、バツイチ、そして峯野彩響の生みの母。これが彼女の簡単なプロフィールであった。