「どうって、どういう意味?」
「いや、大変そうだな…と思って。」
彩響の質問に、理央はしばらく黙って、でもすぐ笑顔で答えた。
「いや、それは大変だよ。よく『旦那は他人で、子供は荷物で、女結婚したら自分の人生全くない!』とか言うけど、必ずしも悪いことばっかあるわけじゃないよ。」
「だって、理央だって大学で勉強頑張ってたし、一緒に入社したときも凄い優秀だったの覚えてるよ。それが勿体ないと思って。」
「勿体ないもなにも、私はなにかおきたとき、自分にとって一番大事な選択をし続けてきただけ。その結果亜沙美がいるわけだし。もちろん、あなたがビシバシ働くの見ると羨ましい気分にもなるけど…」
大昔、大学の同期だった理央は、彩響と同期入社でもあった。二人が入社した会社は元々女性向けの雑誌を作っていて、そこそこ女性社員もいた。しかし日本の女性向けの雑誌の世界はもうすでにレッドオーシャン、いや、ブラックオーシャンとも呼べるくらいで、結局彩響の会社も赤字を出すだけだった。その結果、会社の方針は男性向けの雑誌に集中することに方向性が変わり…。
変えたのはまあ会社にとって正解ではあったが、その打撃は大きかった。「男向けの雑誌を女がどう作るんだ」という上からのプレッシャーに耐えられなかった女性社員が次々とやめていく中、彩響は理央だけは残ってくれると思っていた。
なんとか生き残るため必死で足掻いていたあの頃、理央が彩響を家に誘った。仕事に関する悩みかと思ったら、どうやらそうではないらしい。
「どうしたの、なんかあったの?」
「あのさ、彩響…。」
理央はすぐには話を言い切れず、しばらくテーブルの上のコップだけいじっていた。そしてなにかを決心したように顔をぱっと上げた。
「私、妊娠したの。」
「はい?!」
あまりに驚き過ぎて、彩響は部屋に響くくらいの大声を出してしまった。いや、理央に彼氏がいたことは知っていた。でもまさか結婚でもなく、妊娠が先になるとは。彩響は恐る恐る聞いた。
「で、どうするの?彼氏さんは知ってるの?」
「まだ知らせてない。」
「どうして?なんで一人で悩んでるの?」
「知らせて、もし色々言われたら怖いな、って思って。」
その「色々」がどんな内容なのか、説明しなくても分かる。世の中には「やり逃げ」とか「シングルマザー」とかの話は都市伝説ではなく、実際存在する話だから。彩響はただため息をつき、お水をガブガブ喉の奥へ流し込んだ。どうしてそんな不安にさせるくらいの男と付き合ったのか、もう少し気をつけることはできなかったのとか、そういう非難は今は辞めておこう。
「何周目?病院には行った?」
「先週行ったの。今週で9週目。」
「そう…。」
気まずい沈黙が流れる。正直、こんなときどんな言葉を交わせば良いのかがよく分からない。女にとって、これ以上人生に大きな影響を与える決断があるんだろうか。しーんとした空気の中、先に口を開けたのは理央の方だった。
「ねえ、彩響。私も驚いて、病院で問診票書く時も「このまま妊娠を維持したいですか」と聞かれたとき、『知らない』ってまるつけたんだよね。」
理央の話に耳を傾ける。今まで一人でどれだけ悩んでいたか、それを考えると友達として胸が痛くなる。しかし理央はとても明るい声で話を続けた。
「でもね、いざエコーでちっちゃい心臓がパクパク動くのを見たらね、すごい不思議な気分になったの。なんというか、すごいうれしくなった。彼氏とか、世間の目とか、そういうのは全部置いておいて…ただ純粋にこのちっちゃい生命体を偉いと思った。この子はこんなに頑張って生きていこうとしてるのに、私はなにを考えていたんだろうって、反省もした。だから…。」
「じゃあ、やっぱり…。」
「そう。産もうと思う。彼氏関係なく、シングルマザーになっても。」
「いや、大変そうだな…と思って。」
彩響の質問に、理央はしばらく黙って、でもすぐ笑顔で答えた。
「いや、それは大変だよ。よく『旦那は他人で、子供は荷物で、女結婚したら自分の人生全くない!』とか言うけど、必ずしも悪いことばっかあるわけじゃないよ。」
「だって、理央だって大学で勉強頑張ってたし、一緒に入社したときも凄い優秀だったの覚えてるよ。それが勿体ないと思って。」
「勿体ないもなにも、私はなにかおきたとき、自分にとって一番大事な選択をし続けてきただけ。その結果亜沙美がいるわけだし。もちろん、あなたがビシバシ働くの見ると羨ましい気分にもなるけど…」
大昔、大学の同期だった理央は、彩響と同期入社でもあった。二人が入社した会社は元々女性向けの雑誌を作っていて、そこそこ女性社員もいた。しかし日本の女性向けの雑誌の世界はもうすでにレッドオーシャン、いや、ブラックオーシャンとも呼べるくらいで、結局彩響の会社も赤字を出すだけだった。その結果、会社の方針は男性向けの雑誌に集中することに方向性が変わり…。
変えたのはまあ会社にとって正解ではあったが、その打撃は大きかった。「男向けの雑誌を女がどう作るんだ」という上からのプレッシャーに耐えられなかった女性社員が次々とやめていく中、彩響は理央だけは残ってくれると思っていた。
なんとか生き残るため必死で足掻いていたあの頃、理央が彩響を家に誘った。仕事に関する悩みかと思ったら、どうやらそうではないらしい。
「どうしたの、なんかあったの?」
「あのさ、彩響…。」
理央はすぐには話を言い切れず、しばらくテーブルの上のコップだけいじっていた。そしてなにかを決心したように顔をぱっと上げた。
「私、妊娠したの。」
「はい?!」
あまりに驚き過ぎて、彩響は部屋に響くくらいの大声を出してしまった。いや、理央に彼氏がいたことは知っていた。でもまさか結婚でもなく、妊娠が先になるとは。彩響は恐る恐る聞いた。
「で、どうするの?彼氏さんは知ってるの?」
「まだ知らせてない。」
「どうして?なんで一人で悩んでるの?」
「知らせて、もし色々言われたら怖いな、って思って。」
その「色々」がどんな内容なのか、説明しなくても分かる。世の中には「やり逃げ」とか「シングルマザー」とかの話は都市伝説ではなく、実際存在する話だから。彩響はただため息をつき、お水をガブガブ喉の奥へ流し込んだ。どうしてそんな不安にさせるくらいの男と付き合ったのか、もう少し気をつけることはできなかったのとか、そういう非難は今は辞めておこう。
「何周目?病院には行った?」
「先週行ったの。今週で9週目。」
「そう…。」
気まずい沈黙が流れる。正直、こんなときどんな言葉を交わせば良いのかがよく分からない。女にとって、これ以上人生に大きな影響を与える決断があるんだろうか。しーんとした空気の中、先に口を開けたのは理央の方だった。
「ねえ、彩響。私も驚いて、病院で問診票書く時も「このまま妊娠を維持したいですか」と聞かれたとき、『知らない』ってまるつけたんだよね。」
理央の話に耳を傾ける。今まで一人でどれだけ悩んでいたか、それを考えると友達として胸が痛くなる。しかし理央はとても明るい声で話を続けた。
「でもね、いざエコーでちっちゃい心臓がパクパク動くのを見たらね、すごい不思議な気分になったの。なんというか、すごいうれしくなった。彼氏とか、世間の目とか、そういうのは全部置いておいて…ただ純粋にこのちっちゃい生命体を偉いと思った。この子はこんなに頑張って生きていこうとしてるのに、私はなにを考えていたんだろうって、反省もした。だから…。」
「じゃあ、やっぱり…。」
「そう。産もうと思う。彼氏関係なく、シングルマザーになっても。」