仕事を終え、家に帰る時間。しかし電車に乗り、マンションの玄関に着くまで彩響の頭は晴れないままだった。ドアを開けると、早速中から誰かが出てきた。
「へそ出し姫、お帰り!今日は早かったね!」
あーそういえばいたわ、このクソガキ。でももう疲れて冗談に付き合う力も残ってない。彩響の反応が薄いのに気づいた林渡くんが改めて聞いた。
「あれ、どうしたの?元気ないな。」
「いや、まあ…。」
渋々返事して、彩響は中に入った。キレイに片付いている家の風景に感心し、そのまま食卓の椅子に座る。林渡くんがすぐ彩響の後を追いかけキッチンの方へ入ってきた。
「ご飯食べる?」
「お願いします…。」
彩響の返事に、林渡くんが素早くなにかを作り、食卓へ持ってきた。なるほど、レンチンした具材をご飯に乗せて丼にしたのね。具材はナスと、鶏のひき肉に、小ねぎ…。ナスなんかスーパーで見てもスルーするだけの存在だったから、こうしてきちんとした形で食べるのがなんだか慣れない。そして、やはり味も美味しかった。
「で、今日はなにがあったの?すごい疲れた顔してるよ。」
ご飯を半分くらい食べ終わった頃、林渡くんが聞いてきた。
「疲れた顔はいつものことでしょう。」
「いや、今日は特に疲れてる。どうしたの?上司とかがいじめてるの?」
「……」
「え?図星?本当にどうしたの?言ってみなよ。」
向こうは軽く言ってるつもりだけど、彩響には胃が痛くなるくらいストレスになる話だ。あのクソ編集長のことを思い出すだけで自然にため息が出てくる。彩響の反応に気づいた林渡くんが更にしつこく聞いてきた。こいつに会社のこととか言ってもな…と思いづつ、彩響は悩みを打ち明けた。
「『レイチェル・サイフリッド』って知ってる?」
「アメリカの女優?映画とか結構出てるのね。」
「そう、その女優をインタビューすることになったんだけど…。」
ざっくり状況を説明すると、林渡くんは深刻な顔で話を最後まで聞いてくれた。そして彩響の話が終わると、早速自分のスマホを出してその名前を検索し始めた。
「うわ、本当だ。ハリウッドの最強のトラブルメーカーとか書いてある。彩響ちゃんの上司って、まさしく「部下の手柄は上司のもの、上司の失敗は部下の責任」と言うタイプ?」
「一体どこでそんな言葉覚えたの…。ええ、言われた通り、本当に嫌な上司よ。女の人が仕事をしていること自体気に食わない人だね。」
「そんなやつなら余計負けるわけにいかないじゃん!まあ、そんな心配しないで。俺もなんかちょっと対策考えてみるよ。」
「はい…?いや、別にあなたの仕事でもないし、そこまでする必要ないよ。」
突然の提案に、彩響は頭を横に振った。今言った通り、林渡くんがこの件についてなにかをする必要もないし、させるつもりもない。しかし彼はやる気に溢れる顔で、自分の胸をパンパン叩いた。
「言っただろ?俺、彩響ちゃんの役に立つ家政夫になるって。俺なりに対策考えてみるよ。大丈夫、きっとうまくいくから。」
「いや、大丈夫です…。」
励ましてくれるのはありがたいけど、一体どうやって?本人には申し訳わけないと思ったけど、正直この若い青年のことを頼もしいとは思えなかった。