九条くんの機転で、篠原さんは一息つくことができた。

『本当にいいんですか? こんな豪華なお部屋』

「九条くんも言っていたけど、お金のことは大丈夫。それより仮病でも何でもいいから、会社にはしばらく出社しないで。でもご家族が心配しないように、明日の朝にでもご自宅に連絡を入れておいてね」

 篠原さんとの通話を終えると、私は九条くんと視線を合わせた。
 九条くんも私を促すように、静かな瞳で私のことを見つめている。

「まあくん、来て」

 私は九条くんを、ベッドルームに誘った。
 今から話すこと、とても陽光が降り注ぐリビングで言葉にするなんて、できない。

 私はベッドの縁に腰掛けると、ぎゅっと目を閉じて、唇を噛んだ。
 そして、口を開いた。

「まあくん。今から話すことを聞いても、私のこと、嫌いにならないでね」

「理恵……」

 思い出したくない記憶。
 辿るだけで息が詰まって、胸が苦しくなるような、呪わしい記憶。

「ごめん……まあくん。私の肩を、抱いていて」

「……」 

「お願い、あなたに支えていてもらえないと、とても私、言葉に出せない……!」

 九条くんは黙ったままうなずくと、そっと私の横に腰掛けて、大きな手で私の肩を、包むように抱いてくれた。

 そして私はまた、あの黒い記憶を辿り始めた。