マクスウェル家には数々のルールがある。
夕食までの間に身を清めなければならないというのがその一つ。
暗殺を生業にしていた時代に、返り血を浴びたまま飯を食らう者がいたために決まったルールなのだとか。
そんなわけで、ステラは学校から帰った後すぐに風呂に入った。
(……97、98、99、100!)
湯船から飛び出て、「アチチ……」と脱衣所に急ぐ。
カボチャパンツとゆったりした部屋着を身につけ、保冷庫の中からフルーツ牛乳の瓶を取り出す。
毎日新鮮なものを飲めるのは、管理してくれている家政婦さんのお陰だ。
チビチビ飲みながら居間に行くと、義兄のジェレミーがマッサージチェアで寛いでいた。
彼はステラの入室に気がついたようで、閉じていた目を開けた。
「ちゃんと湯船で100秒数えたかい?」
「数えましたよっ。何で毎日のように聞いてくるんですか」
「ジェレミーは重度のシスコンだからの」
下の方から声が聞こえたので、テーブルの下を覗き込む。
そこにはアジ・ダハーカが居て、直接床の上に座り、東方で作られた酒と干し肉を楽しんでいる。
「僕がシスコンなのは認めざるを得ないね。ステラ程可愛い幼女はなかなか居ないし」
「うへぇ……。言い方が気持ちが悪い……」
「貶されるとゾクゾクするね。ところで、アジ殿。クラーケンの肉の味はどうかな?」
「少し焼いてからマヨネーズをちょいと付けて食すと、なかなかに美味だぞ。これはお主が討伐したのか?」
「そうなんだよ。四日前、港に現れてさ、軍では手に負えないから、僕たち魔法省で対処したんだ」
「肉以外の素材はゲットしてないです?」
「んー。魔石は国に献上することになってるしなぁ。腐りかけの触手くらいかな。相当臭いけど、欲しい?」
「臭いのはやだな。……要らないです」
「そっか」
レア素材を期待しただけに、少々落胆してしまった。
肩を竦めてから、フルーツ牛乳を一気に飲み干す。
「ステラよ。国営放送の時間だぞ。テレビをつけてくれ」
「アジさんは本当に人間っぽいですねー」
魔石を原動力とするテレビを付け、チャンネルのダイヤルを回す。
すると、ちょうど先程模擬戦で戦っていた相手が大映しになり、目を丸くする。
“皆様こんばんわ。国営放送の時間です。まず最初にお伝えするのは明日の国家行事になります。隣国であるプロメマン公国の外交官が王城に訪れる予定になっており、我がガーラヘル王国の至宝、第一王女のエルシィ様が対応にあたります。エルシィ様におかれましては__”
美しいティアラを頭に乗せたエルシィが微笑み、控えめに手を振っている。
漆黒のドレスを身に纏う彼女は大人びていて、学校で顔を合わせる彼女とは少し雰囲気が違っている。
彼女を見ているうちに、先ほどの戦闘を思い出した。
模擬戦の直前。
ブリックルに起こされたステラは、闘技場に踏み入る際、エルシィが余所見するのを確認した。
事前に予想した通り、アジ・ダハーカが居ないのを警戒しているようだった。
その隙をついて“身代わりバルーン”に魔法で空気を詰めて、入れ替わり、ステラ自身はアジ・ダハーカに合図を送って【カモフラージュ】という魔法を使用してもらった。闘技場のフェンスに擬態したのだ。
それから暫くウトウトしながら、エルシィの芝刈りや、彼女とアジ・ダハーカの空中戦を眺め、五分経過後に自身のアビリティ【効能倍加】を使用した。そのアビリティにより、事前に“ピリピリの水”を浴びた彼女を強い麻痺状態に陥れた感じだ。
ちなみに、闘技場の芝を異常成長させたアイテムは、直前に作った物だったりする。
アジ・ダハーカのウロコからエーテルを抽出して作った溶液と、植物の栄養剤を混ぜると、植物を爆発的に成長させる効果が生まれた。それにアビリティ【効能移動】をかけ、”ピリピリの水“の効果だけを、新規のアイテムに移した。
つまり、一つのアイテムに効果を二つ持っていたことになる。
「アジさん。翼は本当に大丈夫なんですか?」
持久力のないステラの代わりに戦ってくれていたアジ・ダハーカは翼に風穴を開けられていた。
彼が空から下りてきた時には塞がっているように見えたし、彼自身「治った」と言っていたので、あの時は信じた。だけど今、少しばかり心配になってきた。
「お主が作るポーションを毎日飲んでるからな。直ぐに塞がったぞ。痛くも痒くない!」
「むむ! 便利な身体の造りをしてますね!」
「アイテムが優れているのだ。そんな事より、売店係を続けられそうだな。王女の口ぎきがあれば、あのブリックルとて無視できまい」
「ですです。これでお金稼ぎを続けられますね!」
ステラとアジ・ダハーカの会話に興味を引かれたのか、ジェレミーがこちらに視線を向けた。
「おや? お小遣いが足りないなら、あげるって言ってあるじゃない」
「条件がヤバすぎなんでお断りなんです。というか、何時までマッサージチェアを占領してんですか! そろそろ明け渡してください!」
「ステラは若いんだから背中凝ってないでしょ」
「背中をゴリゴリされるのが面白いんです」
「ごめん。分かんないそれ」
グダグダ言う義兄を押し除け、マッサージチェアにピョンと乗る。
魔石を原動力にする最新の家具は、椅子の中に妙なボールが仕込まれていて、ゴロゴロと上下する。
この不思議な感覚がクセになる。
夕食までの間に身を清めなければならないというのがその一つ。
暗殺を生業にしていた時代に、返り血を浴びたまま飯を食らう者がいたために決まったルールなのだとか。
そんなわけで、ステラは学校から帰った後すぐに風呂に入った。
(……97、98、99、100!)
湯船から飛び出て、「アチチ……」と脱衣所に急ぐ。
カボチャパンツとゆったりした部屋着を身につけ、保冷庫の中からフルーツ牛乳の瓶を取り出す。
毎日新鮮なものを飲めるのは、管理してくれている家政婦さんのお陰だ。
チビチビ飲みながら居間に行くと、義兄のジェレミーがマッサージチェアで寛いでいた。
彼はステラの入室に気がついたようで、閉じていた目を開けた。
「ちゃんと湯船で100秒数えたかい?」
「数えましたよっ。何で毎日のように聞いてくるんですか」
「ジェレミーは重度のシスコンだからの」
下の方から声が聞こえたので、テーブルの下を覗き込む。
そこにはアジ・ダハーカが居て、直接床の上に座り、東方で作られた酒と干し肉を楽しんでいる。
「僕がシスコンなのは認めざるを得ないね。ステラ程可愛い幼女はなかなか居ないし」
「うへぇ……。言い方が気持ちが悪い……」
「貶されるとゾクゾクするね。ところで、アジ殿。クラーケンの肉の味はどうかな?」
「少し焼いてからマヨネーズをちょいと付けて食すと、なかなかに美味だぞ。これはお主が討伐したのか?」
「そうなんだよ。四日前、港に現れてさ、軍では手に負えないから、僕たち魔法省で対処したんだ」
「肉以外の素材はゲットしてないです?」
「んー。魔石は国に献上することになってるしなぁ。腐りかけの触手くらいかな。相当臭いけど、欲しい?」
「臭いのはやだな。……要らないです」
「そっか」
レア素材を期待しただけに、少々落胆してしまった。
肩を竦めてから、フルーツ牛乳を一気に飲み干す。
「ステラよ。国営放送の時間だぞ。テレビをつけてくれ」
「アジさんは本当に人間っぽいですねー」
魔石を原動力とするテレビを付け、チャンネルのダイヤルを回す。
すると、ちょうど先程模擬戦で戦っていた相手が大映しになり、目を丸くする。
“皆様こんばんわ。国営放送の時間です。まず最初にお伝えするのは明日の国家行事になります。隣国であるプロメマン公国の外交官が王城に訪れる予定になっており、我がガーラヘル王国の至宝、第一王女のエルシィ様が対応にあたります。エルシィ様におかれましては__”
美しいティアラを頭に乗せたエルシィが微笑み、控えめに手を振っている。
漆黒のドレスを身に纏う彼女は大人びていて、学校で顔を合わせる彼女とは少し雰囲気が違っている。
彼女を見ているうちに、先ほどの戦闘を思い出した。
模擬戦の直前。
ブリックルに起こされたステラは、闘技場に踏み入る際、エルシィが余所見するのを確認した。
事前に予想した通り、アジ・ダハーカが居ないのを警戒しているようだった。
その隙をついて“身代わりバルーン”に魔法で空気を詰めて、入れ替わり、ステラ自身はアジ・ダハーカに合図を送って【カモフラージュ】という魔法を使用してもらった。闘技場のフェンスに擬態したのだ。
それから暫くウトウトしながら、エルシィの芝刈りや、彼女とアジ・ダハーカの空中戦を眺め、五分経過後に自身のアビリティ【効能倍加】を使用した。そのアビリティにより、事前に“ピリピリの水”を浴びた彼女を強い麻痺状態に陥れた感じだ。
ちなみに、闘技場の芝を異常成長させたアイテムは、直前に作った物だったりする。
アジ・ダハーカのウロコからエーテルを抽出して作った溶液と、植物の栄養剤を混ぜると、植物を爆発的に成長させる効果が生まれた。それにアビリティ【効能移動】をかけ、”ピリピリの水“の効果だけを、新規のアイテムに移した。
つまり、一つのアイテムに効果を二つ持っていたことになる。
「アジさん。翼は本当に大丈夫なんですか?」
持久力のないステラの代わりに戦ってくれていたアジ・ダハーカは翼に風穴を開けられていた。
彼が空から下りてきた時には塞がっているように見えたし、彼自身「治った」と言っていたので、あの時は信じた。だけど今、少しばかり心配になってきた。
「お主が作るポーションを毎日飲んでるからな。直ぐに塞がったぞ。痛くも痒くない!」
「むむ! 便利な身体の造りをしてますね!」
「アイテムが優れているのだ。そんな事より、売店係を続けられそうだな。王女の口ぎきがあれば、あのブリックルとて無視できまい」
「ですです。これでお金稼ぎを続けられますね!」
ステラとアジ・ダハーカの会話に興味を引かれたのか、ジェレミーがこちらに視線を向けた。
「おや? お小遣いが足りないなら、あげるって言ってあるじゃない」
「条件がヤバすぎなんでお断りなんです。というか、何時までマッサージチェアを占領してんですか! そろそろ明け渡してください!」
「ステラは若いんだから背中凝ってないでしょ」
「背中をゴリゴリされるのが面白いんです」
「ごめん。分かんないそれ」
グダグダ言う義兄を押し除け、マッサージチェアにピョンと乗る。
魔石を原動力にする最新の家具は、椅子の中に妙なボールが仕込まれていて、ゴロゴロと上下する。
この不思議な感覚がクセになる。