ステラが教室に戻ると、親友のレイチェルが弾丸のように駆け寄って来た。
 薄紫色の縦ロールの髪がトレードマークの彼女は、いつでも明るい。

「ステラー! お昼休み一人だったから寂しかったよ~!」
「ただいまです」
「一個聞きたいんだけど、ステラが飼育係になったていう噂、本当なの!?」

 ステラはレイチェルに肩を掴まれ、ガクガク揺らされる。
 彼女は情報通ではあるけれど、つい5分前の出来事がもう伝わっているのは驚きだ。

「そんな事実はないんですっ。“そうしろ”とは言われましたけど」
「え~~!? ステラがわざわざする仕事じゃないよ、それ!」

 だとしてもブリックルは一応教師。今以上に不興を買うと成績に影響が出そうな気がする。
 

「ブリックルが言い出したって聞いたよ。アイツ普段から鬱陶しいし、何人か集めてやっつけちゃわない?」
「教師に対してあからさまに反発するのは、リスキーな気がするです」
「そんなのつまんな~い!」

 レイチェルの不満に肩を竦めてみせてから、最前列の席に着く。すると、ちょうどブリックルが教室に入って来た。

(次の授業は”戦闘魔法基礎“かぁ。好きじゃないのに)

 内心ウンザリしつつ、アジ・ダハーカからペンやノートを受け取る。
 無限収納とかいう便利すぎる能力を持っている彼は、ステラのカバン代わりでもあるし、ロッカー代わりでもある。

「本日は模擬戦を行なってもう。お前達はまだ一年生とはいえ、魔法使い。有事の際には国の為に戦闘をしてもらう必要があるからな」

 ブリックルはそこで言葉を切り、生徒達の顔を見回した。
 いつものようにステラを睨みつけた後に窓の辺りで視線を固定する。

 きっとエルシィを見ているんだろう。
 ステラも彼女の方を向くと、サファイヤブルーの瞳とバッチリ合った。

(わわっ! 目が合った)

 いつでも麗しい彼女はこの国の王女様だ。
 後ろで結い上げられた銀髪は艶やかで、白い肌にはソバカス一つ無い。自分と同じワンピースタイプの制服なのに、彼女が着ると何故か別物に見えるのが不思議でならない。

 ブリックルの目にも同様に映っているんだろう。
 媚びへつらうような気持ちの悪い声でエルシィに話しかける。

「エルシィ様、戦ってみたい生徒はおられますか?」
「そうですわね。どの生徒も私の相手を務めるには実力不足だと思いますわ」
「ええ。全くその通りですねぇ」


 腕に覚えのある生徒達の咳払いや、机の脚をわざと蹴り上げる音が教室の中に響く。

 相手が王族だとしても、わざわざ他の生徒のヘイトを上げてくるあたりに、この教師が魔法省に居られなくなった理由が透けてみえるというものだ。

「でも、興味深い子もいるのです」
「ほぅ。それは誰ですかな?」
「ステラ・マクスウェルさんです!」

「ん? 私の名前……」

「ねぇ、ステラさん。一度私とお手合わせしていただけないかしら?」
「ええと、私と王女様が戦うんですか?」
「是非!」

 エルシィは腰から抜いたレイピアの先端をステラに向けた。
 ステラはというと、緊張感の無いアホ面のままなので、生徒達の視線はだいたいエルシィの方へと集中した。

 それにしても、いつの間にエルシィにロックオンされていたのか、サッパリ分からない。
 彼女は何時でも超然としており、無駄のない学校生活をしているようだった。
 何をするにも適当なステラなど、軽蔑されていそうなものだ。

 そんな二人の様子にブリックル先生は頷き、悪そうな笑みを浮かべた。

「なるほど。それは良いかもしれませんね。エルシィ様の実力を下々の者共に披露する良い相手だと思います」

 この言い草だと、ブリックルは完全にステラが負けるものと決め付けている。
 たぶんその理由は、ステラのステータスが低く”見える”からだ。

(面倒なことのなっちゃったな。でもステータスが低すぎに見えるのは、私が仕組んだことでもあるしなぁ……)

 彼女が王族というのもかなり面倒だ。大きな傷を負わせたら、牢屋に入れられてしまうかもしれない。

 ステラはヤル気の無さを伝えようと、控えめな拒絶を口にしてみた。

「私なんかと戦っても、つまらないです。たぶん、アリを踏み潰すような手ごたえのなさだと思うです」
「それは私が決める事でしてよ!」

 エルシィは好戦的に微笑む。
 本当にこの学校に通う者は好戦的な者ばかりで、真面目に相手をすると疲れる。

 ため息をつくステラに、アジ・ダハーカが耳打ちしてきた。

「おい、ステラ」
「ん?」
「王女に勝利したら売店係に戻してもらえ。ああいうプライドの高い人間は、煽りに乗りやすいものだ」
「ふむぅ。なら、言うだけ言ってみますか」

 売店係でいるのは、ステラにとって結構メリットがある。
 売店という公の場で販売する方が相手に無茶ぶりされないで済むから販売しやすいのだ。
 長く続けるには気軽さは重要だろう。

「王女様」
「何かしら?」
「勝負いたしましょう!!」
「感謝いたします」
「でも、勝負を受けるにあたって、一つ約束していただきたい事があったりします」
「聞きましょう!」
「私が勝てたら、売店係に戻してほしいです!」

 そう主張すると、教室中が静まり返った。
 おそらく大半の者が“王女様相手に何を言い出すのか”と思っている。

 しかし、当のエルシィは余裕たっぷりに頷いた。

「あら、そんなことですの。よろしくてよ。売店係をお続けくださいな。私に勝てるのでしたら……ね」