ステンドグラスが嵌め込まれた扉を開くと、カランコロンと涼やかな音が鳴る。
薄暗い店内は静まりかえり、人の気配が薄い。
客どころか店主の姿すら無く、入店には勇気を必要とした。
「開店したばかりでお客さんが居ないんですかね?」
「店番は居るみたいだぞ」
アジ・ダハーカが見上げる方に視線を向けてみると、淡い光を放つ人工精霊がいくつか飛んでいた。
白くて丸いそれらに、ステラはペコリと頭を下げる。
「ステラ。アタシは向こうで小物を見てるね!」
「あ、はいです」
レイチェルは右手側の棚へと向かった。
素材だけに用があるステラに気を遣ってくれたのかもしれない。
彼女の姿が棚の影に消えるのを見送ってから、ステラとアジ・ダハーカは左手側の素材コーナーに足を向ける。
店内にはいつにも増して、胡散臭さが漂っていた。爬虫類の姿をしたモンスターの剥製やら、何かの臓器等。苦手な人が見たら倒れてしまいそうな物がその辺にぶら下がっている。
その中でも、値段が高めの素材は盗難防止の為にか、ガラスケースに入れられていた。
ステラはケースの中身に目を留め、足を止める。
すると店内を漂う人工精霊の一つがステラ達の為に近寄ってきて、ガラスケースの中を明るく照らしてくれた。
「わぁ! これ、火龍の爪ですよ!」
「欲しいのか?」
「うん!」
「金額を見てから言うんだな。金貨500枚もするんだぞ」
「ゴッ!?」
食堂の定食で換算するなら、1万食分程の値段だ。払えるわけがない。
購入出来ないと分かると、余計に尊く思えるもので、ステラは虚ろな眼差しでジットリとその爪を見つめる。
紅玉の輝きを秘めた鉤爪はたぶん炎の力が篭っているだろう。
強力なアイテムを開発出来そうな予感がするだけに、金額の高さが恨めしい。
「そんなに欲しいなら、自分で狩ればいい!!」
「そんなの無茶ですっ。個体を探すだけで年単位かかると言われてるんですよ。しかも強いですし。狩れとか簡単に言わないでくださいっ」
「つまらんな」
「アジさん。自分で戦いたいだけって感じですねー」
「最近刺激が足らんのだ!」
「好き好んでダラダラと食っちゃ寝してるくせに……」
「フン!」
普段の彼は2000歳オーバーという高齢に見合った落ち着いた言動をとるのだが、時々こうして好戦的な一面を見せる。そろそろ自由にしてあげるべきなのかな、と思うものの、彼はステラの側から離れようとしないので、本心がよく分からない。変に心の内を探らず、放置している状態だ。
小さく鈴の音が鳴ると店の奥側のドアが開いた。
そこからローブ姿の女性が現れる。
「おや? 可愛いお客さんが来てるじゃないか。久しぶりだね。ステラ」
「アーシラさん。どうもです」
ダークエルフのアーシラはこの店の主だ。
彼女がここで店を構えるのは気まぐれゆえなのだそうで、その昔、旅の途中に立ち寄ったこの国を気に入り、住み着いたのだとか。
そんな彼女はステラ達に歩み寄る。
シャラリシャラリと足を動かすたびに軽やかな音が鳴り、白いローブの合わせ目から暗色の肢体が見え隠れする。
彼女程色気のある女性を他に知らない。
間近に立った彼女は、ステラを見下ろした。
濃い色の肌にアイスブルーの瞳の組み合わせは、まるで真夜中の空に浮かぶ満月のよう。ステラはその美しさをマジマジと見つめる。
「何か欲しい物でも見つけたかい?」
「うん。でも値段が高くて……」
「アーシラよ。火龍の鉤爪を10分の1のカネで譲ってくれ」
「おや? アジ殿も来てたんだねぇ」
「うむ。相変わらずしんき臭い店だな」
「光に弱い素材も扱ってるから暗くしてんのさ。ちなみに火龍の爪は、値引きしないよ」
「はう……」
世の中甘く出来てない。
とりあえずステラはすんなりと引き下がった。
食い下がって面倒な客だと思われるのは得策ではないのだ。
世間話を始めた一人と一匹を放置し、店の更に奥へと進む。
すると、お菓子のような甘い香りが漂ってきた。
(美味しそう……)
キョロキョロと周囲を見回す。一体どの素材から香るのか。
首を傾げていると、ステラを追ってきた人工精霊がクルリと縦に一回転し、植物系の素材コーナーの方へと飛んでいった。
「付いて来いってこと?」
取り敢えずステラも精霊の後を追い、別室に踏み入る。
さっきまで居た部屋よりも更に暗い小部屋の中では、アチラコチラで色とりどりの光が明滅している。
それらは全て特別な力を持つ素材。
人工精霊は、その中でも、緑色に輝く素材の上でピョンピョン飛び跳ねる。
「甘い香りは、そこから放たれているんですね」
近寄ってみると、細長い枝の様なモノだった。
黒ずんだソレは、内側から澄んだ緑の光を放っている。恐らく風の力を持っているんだろう。
「何て名前なのかな?」
「バニラ・ド・シルフィード」
後ろから掛けられた声に、ステラは飛び上がる。
振り返ると、アーシラが小部屋の入り口に佇んでいた。アジ・ダハーカとの話が終わったのかもしれない。
「シルフィード……。風の精に関係するですか?」
「そうさ。これはね、シルフの恩恵を受ける地において栽培された一級品。今年は豊作だったからお手頃に買えるよ」
こわごわと名札を見てみれば、金貨30枚だった。
(うぐぅ……。普通に高い! でも、欲しいなぁ。安くなっているなら今が購入のチャンスだよね)
1分ほど思案し、せこい事を考えつく。
「三分の一だけ売ってほしいです!!」
「クックク……。買い物上手になったじゃないか。まぁいいよ、それで」
アーシラがガラスケースの中からバニラ・ド・シルフィードを取り出すのをワクワクしながら見つめる。
あれを使って何を作ろうか。
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薄暗い店内は静まりかえり、人の気配が薄い。
客どころか店主の姿すら無く、入店には勇気を必要とした。
「開店したばかりでお客さんが居ないんですかね?」
「店番は居るみたいだぞ」
アジ・ダハーカが見上げる方に視線を向けてみると、淡い光を放つ人工精霊がいくつか飛んでいた。
白くて丸いそれらに、ステラはペコリと頭を下げる。
「ステラ。アタシは向こうで小物を見てるね!」
「あ、はいです」
レイチェルは右手側の棚へと向かった。
素材だけに用があるステラに気を遣ってくれたのかもしれない。
彼女の姿が棚の影に消えるのを見送ってから、ステラとアジ・ダハーカは左手側の素材コーナーに足を向ける。
店内にはいつにも増して、胡散臭さが漂っていた。爬虫類の姿をしたモンスターの剥製やら、何かの臓器等。苦手な人が見たら倒れてしまいそうな物がその辺にぶら下がっている。
その中でも、値段が高めの素材は盗難防止の為にか、ガラスケースに入れられていた。
ステラはケースの中身に目を留め、足を止める。
すると店内を漂う人工精霊の一つがステラ達の為に近寄ってきて、ガラスケースの中を明るく照らしてくれた。
「わぁ! これ、火龍の爪ですよ!」
「欲しいのか?」
「うん!」
「金額を見てから言うんだな。金貨500枚もするんだぞ」
「ゴッ!?」
食堂の定食で換算するなら、1万食分程の値段だ。払えるわけがない。
購入出来ないと分かると、余計に尊く思えるもので、ステラは虚ろな眼差しでジットリとその爪を見つめる。
紅玉の輝きを秘めた鉤爪はたぶん炎の力が篭っているだろう。
強力なアイテムを開発出来そうな予感がするだけに、金額の高さが恨めしい。
「そんなに欲しいなら、自分で狩ればいい!!」
「そんなの無茶ですっ。個体を探すだけで年単位かかると言われてるんですよ。しかも強いですし。狩れとか簡単に言わないでくださいっ」
「つまらんな」
「アジさん。自分で戦いたいだけって感じですねー」
「最近刺激が足らんのだ!」
「好き好んでダラダラと食っちゃ寝してるくせに……」
「フン!」
普段の彼は2000歳オーバーという高齢に見合った落ち着いた言動をとるのだが、時々こうして好戦的な一面を見せる。そろそろ自由にしてあげるべきなのかな、と思うものの、彼はステラの側から離れようとしないので、本心がよく分からない。変に心の内を探らず、放置している状態だ。
小さく鈴の音が鳴ると店の奥側のドアが開いた。
そこからローブ姿の女性が現れる。
「おや? 可愛いお客さんが来てるじゃないか。久しぶりだね。ステラ」
「アーシラさん。どうもです」
ダークエルフのアーシラはこの店の主だ。
彼女がここで店を構えるのは気まぐれゆえなのだそうで、その昔、旅の途中に立ち寄ったこの国を気に入り、住み着いたのだとか。
そんな彼女はステラ達に歩み寄る。
シャラリシャラリと足を動かすたびに軽やかな音が鳴り、白いローブの合わせ目から暗色の肢体が見え隠れする。
彼女程色気のある女性を他に知らない。
間近に立った彼女は、ステラを見下ろした。
濃い色の肌にアイスブルーの瞳の組み合わせは、まるで真夜中の空に浮かぶ満月のよう。ステラはその美しさをマジマジと見つめる。
「何か欲しい物でも見つけたかい?」
「うん。でも値段が高くて……」
「アーシラよ。火龍の鉤爪を10分の1のカネで譲ってくれ」
「おや? アジ殿も来てたんだねぇ」
「うむ。相変わらずしんき臭い店だな」
「光に弱い素材も扱ってるから暗くしてんのさ。ちなみに火龍の爪は、値引きしないよ」
「はう……」
世の中甘く出来てない。
とりあえずステラはすんなりと引き下がった。
食い下がって面倒な客だと思われるのは得策ではないのだ。
世間話を始めた一人と一匹を放置し、店の更に奥へと進む。
すると、お菓子のような甘い香りが漂ってきた。
(美味しそう……)
キョロキョロと周囲を見回す。一体どの素材から香るのか。
首を傾げていると、ステラを追ってきた人工精霊がクルリと縦に一回転し、植物系の素材コーナーの方へと飛んでいった。
「付いて来いってこと?」
取り敢えずステラも精霊の後を追い、別室に踏み入る。
さっきまで居た部屋よりも更に暗い小部屋の中では、アチラコチラで色とりどりの光が明滅している。
それらは全て特別な力を持つ素材。
人工精霊は、その中でも、緑色に輝く素材の上でピョンピョン飛び跳ねる。
「甘い香りは、そこから放たれているんですね」
近寄ってみると、細長い枝の様なモノだった。
黒ずんだソレは、内側から澄んだ緑の光を放っている。恐らく風の力を持っているんだろう。
「何て名前なのかな?」
「バニラ・ド・シルフィード」
後ろから掛けられた声に、ステラは飛び上がる。
振り返ると、アーシラが小部屋の入り口に佇んでいた。アジ・ダハーカとの話が終わったのかもしれない。
「シルフィード……。風の精に関係するですか?」
「そうさ。これはね、シルフの恩恵を受ける地において栽培された一級品。今年は豊作だったからお手頃に買えるよ」
こわごわと名札を見てみれば、金貨30枚だった。
(うぐぅ……。普通に高い! でも、欲しいなぁ。安くなっているなら今が購入のチャンスだよね)
1分ほど思案し、せこい事を考えつく。
「三分の一だけ売ってほしいです!!」
「クックク……。買い物上手になったじゃないか。まぁいいよ、それで」
アーシラがガラスケースの中からバニラ・ド・シルフィードを取り出すのをワクワクしながら見つめる。
あれを使って何を作ろうか。
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