「………珠緒さん」


彼は唇を離し、噛み締めるように私の名前を呼ぶと、肩に顔を埋めてきつく抱きしめてきた。

ぎゅうっと、優しく、強く。


「……まどか」


そこでようやく、これはただ過去の追想であった今までの夢とは違うのだと悟った。


「珠緒さん、……珠緒さん。ようやく会えた」


であるならば。……彼は、まどかだけれど、まどかではなくて。


「……ほんとに、まどか、なの?」



過去に生きていた昔のまどかではなくて。


現在を生きている今のまどかでもなくて。


………彼は。


「………私のこと、分かる?」


私が守り切れなかったまどか、その人だ。


「変な珠緒さんですね。当たり前じゃないですか」


顔を上げ、ふわりと微笑む彼に、唇を噛み締める。


「夢じゃないの?」

「……………」


まどかは口元を緩めるだけで、何も答えず私の頬に手を当てた。

彼の手が優しく肌を撫でていく。


「……私」


口が勝手に動き、震える吐息が闇を揺らした。


「後悔、したわ」

「………」


ぴたりと、手が止まる。

先を促す様な気配に緊張しながらも、ずっと心の中で反芻してきた思いを口にした。


「あの日、里に来たあなたをそのまま追い返していれば………私が余計な気遣いを回して、あなたの手をとらなければ」


一度言葉を切り、目を閉じて心を静めてから言った。


「あなたと、一緒にならなければ。……あなたは死ぬことはなく、いつか幸せを掴めたんじゃないかって」


自分で告げながら、胸が裂けそうな痛みをこらえていると、それまで黙っていた彼が(おもむろ)に唇を開いた。そして。


「そうですね」

「っ」


息を呑んで彼を見やれば、まどかは静かな笑みを浮かべていた。

けれど、続けて呟かれた言葉はまったく穏やかなものではなかった。


「そうして誰とも交わらず、誰とも触れ合わず、誰を愛することもなく、ただ廃人のように生き永らえ続けていくことを『幸せ』だとあなたがするのなら、僕は確かに幸せになれたのでしょうね」

「……………」


目の前の彼から、昔の彼からも今の彼からも感じたことのない怒気を感じ、私は恐る恐る問いかけた。