目を開けると、真っ暗闇の中に立っていた。


……私は、また、死んだのだろうか。


彼の幸せを見届ける前に死んでしまったのだとしたら、残念で仕方がない。


胸元に流れ落ちる真っ白な髪。

身に纏った淡い藍色の着物は、まどかが私に似合う色だと言って繕い、贈ってくれたお気に入りのもの。


「…………」


死に装束が宝物だなんて、皮肉にもほどがあるが。文句を言っても仕方がない。


ここが死者の世界であるというのなら、私は黄泉路を探さねばならない。

当てもなく歩きながら辺りを見渡し、目印のようなものがないか視線を巡らせる。


「………今も昔も、役目も何も果たせなかった者に、そもそも黄泉路なんてあるのかしら」


ふと、頭に浮かんできた考えに足を止め、自嘲する。


「生まれた瞬間も独り、こうして死ぬ時も独り。………私にふさわしい末路だわ」


その場に立ち尽くしながら、どこまでも暗い空を仰ぐ。

地平線も、大地も、この世界には何もない。

空虚で、無機質で。

ほんの少し、あの場所に似ている。


「…………結局私は、……何も遺せない」


過去に、守りたかった命はこの手から離れ、救いたかった命はこの手から零れ落ちた。

……ならば、このまま黄泉路を探してどうするのだろう。


(いっそ)



――ここに、留まり続けてしまおうか。


ここは誰に傷つけられることもなく、誰を傷つけることもない。

喜びも幸福も存在しないが、同じように苦しみも悲しみも存在しない。

永久(とこしえ)の無。


「…………こんな場所でも」


誰もいないのをいいことに、口から弱音が漏れた。


「……あなたさえいれば、寂しくないのにな」


呟いた声が闇に掻き消えた後。ふいに。


「……………珠緒、……さん?」


聞こえるはずのない呼びかけが耳に届く。

まさか、と思い、息を呑む。

動けずにいれば、再度、背中へとかけられる声。


「……珠緒さん、ですか?」


脈打つ胸を押さえ、私はゆっくりと振り返る。


そして、


「………まどか?」


言霊が呼び寄せたかのように、突然真っ暗闇の中に現れたその人の名前を呼ぶ。


「っ」


瞬間。

返事もなく、彼は私の体を抱きしめてきた。


あまつさえ、涙を流しながら。