「……と、取り敢えず中に…」
わたわたと彼女を横抱きにし、内心気が咎めるものの、部屋の中へとお邪魔する。
………諸事情により、いつも以上に過敏な自分の思考が情けなかった。
「布団は……」
靴を脱いで顔を上げた瞬間。
俺は息を呑んで呆然とした。
独り暮らし用の1DK。
短い廊下を少し歩けばつき当たりはもうダイニングだ。
………けれど。
「なんだよ、……これ」
廊下の床に白く張った一本の霜の道を踏みしめながら、部屋に入り、さらに目を見開く。
天井も、壁も、床も。
一面、万華鏡のような。氷の世界。
キラキラと、窓から入り込む光が部屋中を舞う氷の粒に反射して、残酷なまでに美しい。
しかし、何も知らない常人が足を踏み入れたら、ただただ、頭がおかしくなりそうな惨状だった。
彼女を抱えた腕に、我知らず力がこもる。
――ぞっとした。
「………な、にが」
唇が勝手に震え、冷え切った空気を吸った喉から、掠れた声が零れた。
「大丈夫、じゃねぇだろっ…」
――俺は、一瞬でもこの中に、彼女を置き去りにしようとしてたのか?
足元に、氷の塊と化した携帯が転がり落ちているのを見る。
恐怖がせり上がってきて、彼女を抱えたまま崩れ落ちそうだった。
もし、何も知らずに今も呑気に学校にいたら?
もし、俺がつまらない意地を張り続けて、途中で帰っていたら?
もし、彼女が扉を開けて俺を引き留めなかったら?
俺は、何も気づくことなく、……珠緒を喪っていた?
「っ」
凍てついた空間の中、彼女の体を掻き抱く。
(だめだ)
白い吐息を吐きながら、思う。
(珠緒から目を離したら……だめだ)
確信にも近い予感が胸に湧き上がった。
俺達が風邪を引いて熱が上がり、死んでしまうこともあるように。
……彼女はもともと低い体温が、下がりすぎて死んでしまうのではないだろうか。
それこそ、周囲を凍りつかせ、自分すらも凍えさせ。
力の制御さえできず、自分の肺を、心臓を、生きながらに凍らせる。
動かない体で、それでも保っている意識の中、徐々に迫ってくる死を待つだけの時間。
それは、なんという、生き地獄なのだろう。