「私、ハンカチやティッシュはたまに忘れるし、お昼はいつも市販のものだし、掃除は下手だし、愛想笑いもまともにできないのよ」

「………黙ってればいいものを」


呆れたようなため息とともに、その声がどこか楽しそうに弾んだ。


「ま、そんなこと、別に気にしないよ」


笑みを含んだ声で、彼は言う。


「作る料理がことごとく黒焦げて壊滅的でも、洗濯物を伸ばす技術しかなくても、裁縫で指さしまくってても」

「ふふっ、何よそれ。物好きな人ね。家事は出来るに越したことはないじゃない」

「………………俺にとって大事なのは、そこじゃないし」


(…………あれ?)


ふと感じた違和感の正体がつかめず、もやもやしている間に、彼が続けた。


「嫌えるなら、とっくに嫌ってるよ」


扉越しのその声には、万感の想いが込められているように感じた。


硬く無骨な扉のはずなのに。無機質なそれは、確かに温かい熱を背中に伝えてくる。

もしかして、彼も扉に背中を預けていたりするのだろうか。


「…………ちゃんと」

「?」


不自然に詰まった彼の言葉に首を傾げれば、雪のような白髪がさらりと腕から零れ落ちた。

白い川が下足場に幾筋も広がるが、この際お構いなしだ。


「気持ちの整理がついたら、言う」


静かに目を見開く。

凍てついていた心臓がドクンと一つ、脈打つ。


「だから、待っててくれないか」


息を止めて、膝を抱える腕をぎゅっと抱きしめる。


――待った末、私に訪れる未来はどんなものなのだろう。


彼との離別か、……それとも。


この期に及んで、まだ淡い期待を抱いてしまう自分が恨めしかった。

希望を捨てきれない自分が、憎くて、もどかしくて。

目の縁が痛くなった。


「………うん、分かった」


素直に告げた返答を聞いた彼が、扉越しに息を呑んだ気配がして、それから。