「………………ど、か?」


冷え切った唇は動かず、返事をすることは叶わなかったけれど。


「………たま!」


ドンドンッと、声に合わせて、次第に激しくなるノックの音。

それは玄関の方から聞こえてきた。


「おい、たま!俺だっ…、近衛円…!なぁ、中にいるのか!?」

「…………」


目を開けて、視線だけ時計に向ける。

針は正午前を差していた。

まだ朝だとばかり思っていたが、気づかない間に気を失っていたらしい。


「たま!!珠緒!!」


焦燥に満ちた大声と、近所のことなど顧みないドアの叩き方。

………まるで借金取りみたいだ。
実物を見たことはないけれど。


ゆっくりと、力を振り絞って上体を起こす。


「……いる」


か細い震えた声だったが、彼の耳はそれをしっかりと拾ったらしい。


「っ!…たま、無断欠席って聞いた…。どうした」

「…………」


ちらりと傍らに転がる氷の塊を一瞥する。

電話をかけようとしたけど、つながる前に携帯が凍りつきました。とは言えず。


「………すこし、たいちょう、わるくて」


幸運なことに、少しずつ酸素を取り込むようになってきた肺に、空気を入れて言う。


「………まどか、がっこう、は?」

「……っ」


玄関の向こうで、彼が口を噤んだ気配がした。

……まさか、抜け出してきたのだろうか。


「様子を見に行くって、言ってきた」

(……今時、それを許す先生っているの?)

「場所は、前に一度見た住所録を……」

(ひぇ)


許可を得たなら住所録から私の家を割り出す必要なんてない。

無断だ。無断外出だ。絶対。


「わたし、だいじょうぶ、だから。もどって」

「……っ」


彼が叱られてはいけないと思って声をかければ、しばらく声が止む。

帰ったのかと訝しみながら、近づいた玄関の前で座りこんでいると。

外からの震えた声が氷に塗れた静寂に響く。


「……このドア……、冷たくて、息が止まるかと思った」


苦しげな呟きに、私は霜の張った寝巻の裾を握りしめた。


「…お願いだから、俺に嘘をつかないでくれ。……本当に、大丈夫なのか?」

「っ」


本気でこちらをいたわる様な声に、泣き出したくなる。


大丈夫なわけがない。

髪は真っ白だし。
部屋は氷だらけだし。
ついさっきまで死にかけていた。


でも、


「だい、じょうぶ」


そう言うしか、ないでしょう?

そうでもしなきゃ、あなたは自分から危険に飛び込んでくる。

もう、二度と、あなたを巻き込んだりしないと決めたのに。


「…………」


一言だけ答えてから、私が部屋の中へ戻ろうとした時。