「うん、いいよ。じゃあその時は、安らかな、穏やかな死を、ちょうだい」

「あぁ、わかった」

 お互いの同意を確認し、契約の契りへと移行する。契りと言ってもそんな難しいものじゃない。

「お前の髪、一本もらうぞ」

 彼女の有無を聞くことなく、問答無用で一本どころか数本拝借した。

 痛がる彼女を横目に、それを手の中でまっさらな紙に変化させる。そして、自身の指を噛んで血を出し、それでペンを作った。

 別に彼女の体なわけじゃないのに「わっ、痛そう……」と顔をしかめる彼女。
 さっきまで許可なく髪を抜いた俺を睨んでいたくせに。やっぱ人間は不思議だと思いながら、紙とペンを彼女に渡した。

「お前の生年月日と名前、そこに書いて。あ、あと名前の読み方もよろしく」

 言われた通りに、彼女の丸みを帯びた綺麗な字で、それらが紙に記されていく。

遠野(とおの) 桂花(けいか)”――それが彼女の名前だった。近々誕生日を迎え20歳になるらしい。

 未だ流れる血から生み出した炎で、彼女から受け取ったその紙を燃やす。
 散り散りになり灰となったそれらは、彼女と俺それぞれの胸に吸い込まれるように消えていった――。

「契約成立。早速、お前の感情もらうぞ」

 鎌で刈り取れるのはその命だけ。感情を奪うには、別の方法になる。

 俺は彼女の腰を抱き寄せ、彼女の唇に自身のそれを寄せた。目を見開き驚きの表情を見せる彼女に構うことなく、俺は彼女の感情を吸い取るようにして食らう。

 それは、俺が思っていたよりもずっと大きなものだった。一度で食らうなんてできたもんじゃない。

 そもそも感情を持ち合わせていない死神が持つにはあまりに大きすぎる。

 頭を殴られたかのような衝撃と共に、胸が締め付けられたような感覚に息苦しさを覚えた。

 体を離し、息を整えるように小さく息をつく。

「人間ってこんな毒みたいなやつ持ってんのかよ、すげぇな……」

 人間は脆い。
 すぐに疲弊し、傷つき、そして簡単に死ぬ。

 それは外的要因に限らず、感情という内的要因によってもなる。だから、弱い生き物だと思っていた。

 だが、こんな毒みたいなものを抱えて、彼女はああして笑顔を浮かべていたのかと思うと、“弱い”とは到底思うことはできなかった。