そう言う彼の真っ黒な目はまっすぐにわたしを見ていた。
 わたし自身が一番嫌いな状態を、目をそらすことなく見つめ、認める。

 彼の言葉は、まるで身動きできずにいたわたしを前に引っ張るように、力強く感じた。


「お前が思っている“今”は、もう“過去”だ。俺がいるってことは、その感情を、もう独りで抱え込まなくていいんだから」


 ――独りじゃない。

 それは、ずっと、求めていた言葉だった。

 視界が僅かに明瞭になる。
 すると、彼の頬に雫が一滴零れ落ちていた。

 一度零れてしまえば、それはとめどなく溢れ、わたしの頬も濡れていく。
 いくら唇を噛み抑えようとしても言うことを聞かない。

「我慢すんな。俺以外誰もいねぇだろ」

 その顔は呆れたように笑っていた。
 「泣き虫だな、お前」と言いながら、涙を拭うようにわたしの頬に触れる手があまりに優しくて、より一層涙が溢れ出る。

 脱力するようにその場に座り込み、わたしはとめどなく流れる涙をそのままに、彼の優しさに身を委ねた。


 所詮、相手は死神で、契約を交わしただけの関係。
 しかしそれが、わたしには心地よかった。

 死神だから、人間とは違うという理由になる。
 契約関係だから、裏切りのない確かな関係で、そして期待しすぎることがなく、割り切ることができる。
 臆病になってしまったわたしには、丁度よかった。


 けれど、元カレが占めていた部分に彼が入り始めているような、そんな気がしていた――。