気づけば彼女の声はすすり泣きになっていた。俺の背中に回された手にはもう力は込められていない。

「ありがとう。もう、大丈夫」

 そう言って離れた彼女は、気まずそうに目を泳がせていた。しかしどことなくすっきりしたような様子だった。
 そんな彼女に胸を撫でおろしていると、彼女が突然大きな声をあげる。何事かと思えば、彼女の涙で濡れた俺の服が気になるらしい。

「別にそんな気にするほどのもんじゃない、こんなんすぐ乾く。それに洗えばいいだろう」

 そう言うと、彼女は少し不服そうに、けれど諦めたように「ありがとう」と小さく口にした。そして、紺色が混じり始めた空を仰ぎ、冷え始めた空気を吸い込んで、吐き出すと共に力なく微笑みか細い声で零す。

「……不思議。いつもだったら、迷惑かけたって感じて、自己嫌悪の波が来るのに。今回は、ただただすっきりしたって感じ」

 空を映していた彼女の瞳が俺を映し、その微笑みを今度は俺に向けた。無邪気に、けれどどこか儚げに、掠れた声で冗談めかして言う。

「あなたがさっき食べてくれたの、わたしの自己嫌悪の感情なのかもね」

 彼女の言う通り、俺が食らった彼女の感情が、自己嫌悪だったのだとすると。
 彼女の言葉を聞いて俺まで苦しくなったのは、彼女が抱くはずだった自己嫌悪の感情のせいだったのだろうか。
 彼女はあのただでさえ激しい感情を抱きながら、そんな自分を嫌って責めていたのかと思うと、彼女が抱える感情はキリがないように感じた。