彼女は髪を手櫛でとかすような仕草をしながら俯く。髪にやった手をそのまま滑らし首にあてると、その手を支えるように膝に肘をついた。

 うずくまるような姿勢になった彼女は、まるで自分の顔を隠しているようだった。

 彼女はか細い声でぽつりぽつりと零すように少しずつ話し出す。
 彼女には恋人がいたこと。その恋人に救われていたこと。そして、“他に好きな人ができた”と言われ、振られたこと。

「ほんとに、大好きだったんだぁ。顔も、目も、声も、仕草も、ちょっと……不器用なとこも」

 1つ、1つ、今も好きであろうことを口にする度、彼女の足元の砂にはシミができていった。
「全部、大好きだった」と言う声は震えていて。それなのに、腕の隙間から見える彼女の口は笑みを浮かべていた。



「振られたっていうのに、好きって感情は薄れるどころか強くなっていてね。でも行き場がなくて困ってるの。……どうしたらいいんだろうね」

 彼女は大きくため息をつく。まるで自分自身に呆れているようだった。

「さっきもさ、来るはずもない連絡を期待して見ちゃったり、幸せだった時のことを振り返って余計に自分の首絞めてるの。バカみたいでしょ」

 涙を拭い俺の方を見た彼女の顔は、苦しそうに歪みながらも、必死に笑顔を浮かべていた。

 涙ごと何かを拭ったようだ。
 それがどんなものかはわからないが、彼女が笑顔で覆い隠した何かなのだろう。

 しかし、なぜ彼女は笑うのか俺にはよくわからず、単純に気になって問いかける。


「なぜ、笑うんだ」


「え?」

「辛いんじゃないのか?」