最初は少し気になる程度だった。

 そもそもわたしには別に好きな人がいて、でもその気持ちは叶わず、当時もまた恋愛にもがいていた。それでも全然我慢できる程度で、しばらく恋愛はいい、というかできないな、と、そう漠然と考えるくらいだった。

 それでも辛いものではあって、当時からしてみれば過去一しんどいものだった。今では、その記録を更新したわけだが。


 ――そんな中出逢ったのが彼だった。


 当時の辛い恋愛から脱却するために、“もっと良い人”を探していた時、どんな人なのか知りたい、もう少し深い仲になってみたいと気になった相手だった。

 彼はわたしに好意を寄せてくれていて、「絶対振り向かせるから」って真っ直ぐすぎるくらいの気持ちを真剣にそのまま言うから、その言葉に甘えるように、縋るように、その手をとった。

 まさかこんなにも溺れることになろうとは思ってはいなかった――。

 彼に惹かれた理由を答えるならば、いくつもある。

 癖になっていた貼り付けたような笑顔を「その笑顔嫌い」と言って崩してくれたこと。
 そうして泣くことが苦手なわたしを「これなら見えないから」と、抱きしめて泣かせてくれたこと。
 わたしのコンプレックスを、「それが君でしょ」と当たり前のように受け入れてくれたこと。周りを気にしすぎるわたしに、「君がどうしたいかだ。自分基準でいい」と言って支えてくれたこと。

 付き合っていくうちに、彼の好きなところはどんどん増えていった。
 普通に顔も好みだったし、穏やかな声も、わたしを愛おしげに見つめる目も、優しく触れる手も、少し不器用なとこも――

 ――全部が、大好きだった。
 
 だから、どうしても失いたくなくて。わたしは無自覚に、彼に枷を嵌めていってしまった。

 嫉妬や束縛、未来という不確かなものを信じたいがための彼だけに委ねた約束。

 そう、自分がよく見えてなくて、相手にばかり委ねて、寄りかかりすぎた結果、彼は折れてしまったのだろう。


 ――そうして、失ったのだ。「他に好きな人ができた」と言われ、離れていった。