「どうしてそんなこと。全然、したことないですよ」



 穂香ちゃんはクラスの違う律くんに敬語で話す。

 私の幼なじみだから一緒に帰っているけれど、律くんとはまだ打ち解けてはいないようだ。



「けど、それ自分のラケットだよね」



 律くんが指差した彼女の肩にかかっているラケットに目を向けた。穂香ちゃんも自分のラケットを一瞥した。



「中学のときにテニス部に入ってたんだけど、すぐにやめちゃってラケットだけ持ってるんです。だから、テニスは初心者同然ですよ」



 穂香ちゃんの説明に律くんが納得したように頷いた。



「だから、フォームが形になってたんだね」



 初心者の中では一番上手でこなれていた理由がわかった。



「けど、本当に初心者と変わらないから。ボールはうまく打てないし」

「佐伯さん、明日とか予定ある? 」



 理央の質問に穂香ちゃんは「ない、よ」と答える。



「もしよかったら明日、一緒に練習しない? 」



 理央から誘うなんて珍しいなぁ。



「いいの。でも」