「榛名ちゃん...!」
先輩?
戻ってきてくれたんだ。
声を聞くだけで安心する。
気持ちが届かないくたって、私は先輩のそばにいたい。
間一髪で倒れそうになった依乃里を支えた昴はすぐに明星に救急車を手配するように言う。
「明星さん、救急車を!」
「分かった」
依乃里は昴の声を聞いて安心し、ゆっくり目を閉じて身体を休ませた。
目を覚ますまでそばにいて。手を握られている気がする。
だったら私はこの手を離さない。今度こそ離さないんだから。
その後、救急車で運ばれた依乃里。症状は軽症で、目を覚ましたらすぐに帰宅することが許された。
まだ眠い。
お医者さんからは疲れが出たんだろうと言われた。
昴先輩は私の両親に謝っていたみたい。
私のそばを離れて、倒れるまで気づかなかったことを先輩は責任を感じていたらしい。
そんなのいいのに。
私にだって責任はあるんだから。先輩だけが責任を感じる必要はないんだよ。
パパとママもそれは分かっていた。だから怒らないでいてくれたんだ。
「今日はごめんね榛名ちゃん」
「いえ。私も薬を家に置いてきたのが悪いので。先輩が謝ることないですよ。そばにいたの、寝ている時も分かってました。嬉しかったです。先輩が離さないでいてくれて」
「離したらキミを見捨てるのと同じだから。俺はそれだけはしたくなかった…。ゆっくり休んで。家に着くまでこうしててあげるから」
自分の肩を枕代わりして寝るように言うと、依乃里はその言葉を信じて再び目を閉じ、眠りについた。
今だけは気持ちが届いている。それでも先輩は私が好きと言っても応えてくれないだろう。
だから今だけでも先輩にできる限り甘えたい。
翌日、回復した依乃里はいつも通り学校に登校した。
ポーチに薬を入れたからこれでしばらくはもつよね。昨日みたいに忘れたら大変だから気をつけないと。
「榛名ちゃんおはよう。今日は体調良さそうだね」
「ご心配をおかけしました。薬も補充したのでもう大丈夫です」
「それでも調子が悪くなったら言ってね。昨日みたいなことはもうこりごりだから...」
先輩…。やっぱりまだ気にしていたんだ。
「誰のせいで倒れたのか分かってんのか?」
誰?
階段の上から声が聞こえてきて見上げるとそこには一人の男子生徒が。
光の反射で顔が見えないため誰だか分からなかったが、階段から下りてくるうちに顔が徐々に見えてきた。
その人物に依乃里と昴は驚いた。
「明星さん!?なんでうちの学校に?!」
「改めまして明星タイムこと、東 八雲(ひがし やくも)です。よろしくねリアちゃん」
憧れのVtuber、明星タイムがなんと私たちと同じ高校に通う生徒でした。
「明星さんが同じ学校の生徒?」
「驚いたか?しかもリアちゃんと同じ学年で、隣のクラスだ」
「えぇ?!今まで分かりませんでした」
同じ学年で隣のクラス。こんなに近くにいたのに気づかなかった。
それに口調もちょっと違う。優しい系というより、俺様系の話し方かな?
「その上靴の色…先輩だったんですね。昴先輩?」
依乃里たちの学校の指定靴は学年ごとに色が違い、一年生は赤、二年生は白、三年生は緑という色分けとなっている。
「そうみたいだね。まさか明星タイムが年下だったなんて」
「ふっ。リアちゃん、改めてよろしく」
「は、はい!えっと、リアではなく、本名は榛名依乃里といいます。こちらこそよろしくお願いします」
明星タイムが同じ学校の生徒だとまだ信じきれていない依乃里は自然に敬語になってしまう。
「敬語じゃなくていいよ。それに俺のことは八雲でいいから。依乃里」
・・・!
いきなり推しに名前で呼ばれるのはインパクトが大きい!
「気安く呼ぶな。榛名ちゃん教室に戻ろうか」
「過保護だな。そんなに心配ならあの時依乃里から離れなければあんな風にはならなかった思うけど。あの時どこにいたんだ?」
私も気になっていた。先輩は私が倒れる前、どこにいたんだろう。
「別にいいだろ。お前には関係ない」
「はぁ。やっぱりお前には依乃里のそばにいる資格はない」
「どういう意味だ?」
不穏な空気が漂い始め、依乃里の不安がつもる。
「女の子を大事に出来ない男は依乃里を任せることが出来ないって意味だ。これからは俺が彼女のそばにいる。俺はあんたみたいに大事な人を置いてけぼりなんかしない…!」
昴先輩は理由もなしに居なくなったりしない。
あの時だってきっと理由があってその場にいなかっただけで……。
チラッと昴の方を見るとその表情は曇ってた。
ずっと握っていた依乃里の手を振りほどいて昴は呟いた。
「…勝手にしろ」
どうして反論しないの?!違うって言ってよ!
この手だってお互い離さないって約束したばかりなのに……。
「昴先輩待って…!」
昴は一度も振り向くことなく廊下を去っていった。
簡単に離れないでよ。私の気持ちはどうなるのよ。
「八雲くん...。どうしてあんなこと言ったの?私はあの時のこと全然気にしてないし、先輩がその後そばにいて、すごく安心した。勝手なこと言わないで...!」
いくら私が憧れた人でもこれはあんまりだよ。
好きな人が自分の元から離れるってとても辛い。
「だけど、先輩が依乃里の元を離れなければ倒れることがなかった。離れた理由も話さない男といて、依乃里は嫌じゃないのか?」
「それは…」
言葉が詰まる。
先輩から理由を聞けなかったのは私だって嫌な気持ちになった。
人には言えないことだってあるなら仕方ないと思う。
あの時、先輩がいなくて不安になったし、怖くなった。心細いと言った方が合ってるかな?
一人であまり出かけたことないから誰かがいないと正直不安になる。
両親といる時と同じくらい先輩といると安心する。だからいなくなっていて焦りを感じた。
私にとって先輩は、それくらい大きな存在なんだよ。
この日はそれから一度も先輩には会えなかった。
翌日も姿すら見ることなく、一日が過ぎていった。
毎日欠かさず会って話していたから心にぽっかりと穴が空いた感じがする...。
代わりに私の隣にいるのは...。
「どうした?」
人気Vtuberの明星タイムこと、東八雲くん。
私がずっと観ていて憧れていた人が目の前にいるのに全然嬉しい気持ちにならない。
昨日で分かったのは八雲くんはちょっと強引なところがある俺様系男子だということ。
配信している時とは大違い。
「はぁ...」
なんか夢が壊れた気分……。
「何ため息ついてんだよ。俺が隣にいたら不満か?」
依乃里にとっては重大なことだが、八雲はその重大さに気づいていない。
その無神経な発言は依乃里の怒りを積もらせるばかりだ。
「当たり前だよ。私の隣にいてほしいのは昴先輩だけなんだから。いくら八雲くんが憧れだった明星タイムさんだからって嬉しい気持ちにはならないよ」
依乃里は俺様系の男子が苦手。理由は積極的過ぎると疲れてしまうから。
本来なら積極的に話しかけられるのは苦では無いはずの依乃里だが、幼い頃からあまり外に出なかった彼女にとってはコミュニケーションは苦手な分野の一つだ。
「それ、あんまり言うなよ?一様隠しているんだから。俺、騒がれるの苦手だし」
「隠しといた方がいいかもね。八雲くん、配信やっている時と全然話し方違うし。配信の時は優しい人だなって思ったのにこんな俺様系の男子だったなんて」
「なかなか言うなお前。てか、その方が観ている側も話しやすいだろ?上から目線の口調だと軽いヤツだと思われるし」
「確かにその方が話しやすかったよ。ねぇ、あの質問の答えは八雲くんの意思だよね?」
答えまで作ったものだったら悲しい。ネット上で活躍している人の言葉は影響力が強いもの。
それが人気ものなら尚更、言葉には注意しなければいけない。
「質問の答えはちゃんと俺の意思だ。人の立場になって悩みを聞いて解決に近づくようにしたい。それは絶対に変わらない俺の願いだ」
「どうしてそこまで…」
人の悩みは人の数よりも多くて複雑。
それを赤の他人である八雲くんが自ら相談に乗って解決策まで考えるなんて普通の人にはとても真似出来ないこと。
「人は悩みを抱え込んで、人に話さないとその内人間は自分の意見だけに支配される。俺は知ってる」
そこにどれだけ強い思いがあるか。依乃里は答えを聞くまでじっと考えた。
「それって誰?」
「俺の母親だ」
八雲くんお母さんが…。
「母さんさ、昔から悩みを溜め込む人だったんだ。いつも笑顔だったけど、裏ではいつも悩んだ顔をしていた。母さんは聞き上手でいつも他人の話しを真剣に聞いていた。
聞くだけで自分の悩みを打ち明けない姿を見ていられなくて…。
ある時悩みを聞くって言ったら母さん笑顔で俺に話してくれた。話したあとはいつもより穏やかだったんだ。
それがきっかけで他に悩みを話せない人のために俺が聞き役になろうって思ったんだ。やっていること母さんと同じだけどな」
やっていることは同じでも八雲くんは話の中で、自分のことも含めて話してくれる。
お母さんのことがなければ出来なかったこと。
八雲くんなりに人の悩みを聞いていることを私は配信を通して知っている。
「八雲くんはちゃんと人の悩みを聞いて、自分の悩みも話すことが出来ているよ。いつも配信観ている私が言うんだから間違いないよ」
「ふっ!凄い自信だな。ありがとう依乃里」
少しでも八雲のことを知って依乃里は少しだが心を許せることができるようになっていった。
「でも、昴先輩のことは許したつもりはないからね!」
昴先輩と仲直りできるまで八雲くんには最後まで責任取ってもらうよ!
「あぁ…。それはどう、しようか?」
「どうしようかじゃない…!私先輩不足で倒れそうなんだよ!?」
良い人だと思ったけど、やっぱり八雲くんは全然良い人じゃない。
いい加減な人だ…!もっと発言に責任持てー!