「言い訳は、良くないと思います」
海藤くんが先輩を睨む。
押されたことは確かだけど、階段を踏み外したことに関しては、私が自分の体重を支え切れなかっただけだ。
と、いうのは、ただの私の屁理屈で。
この場の雰囲気をこれ以上、悪化させたら、先輩との嫌な関係が長引くかもしれないと思った。
それが、嫌だった。
「か、海藤くん。恥ずかしいから、止めて。本当に私が階段、踏み外しただけだから」
「本当に?」
私に向ける海藤くんの目は、分かりやすく疑っている。
「大丈夫! 大丈夫!」
先輩の視線を感じて、喉が強張るけれど、それも無理してでも声を出す。
少しでも大きめな声で。
「わ、私がドジ過ぎて」
あはは、と笑い声を溢す演技をしてみる。
海藤くんは相変わらず、納得がいかないというように、唇を噛んでいた。
その隙に、先輩たちは駆け足で、その場から逃げ出していく。
張りつめていた空気が、ようやく和らいだことで、気持ちが一度に楽になった。
その時になって、まだ体を支えられていたことに気が付く。
「あっ、健太くん、ごめんね。ありがとう」
私が言うと、あっさりとその手は離された。
背中越しに感じていた人物の方を振り返る。
2段違っても、私と同じくらいの身長もある健太くん。
思ったより、近い位置に居た彼に動揺して、1歩、というよりも1段上がって後退る。
そんな私を気にする様子もなく、健太くんは無表情を崩さない。