小学校の頃、私が彼にからかわれて、いつものように泣いてしまう。
そして、苦しい思いを抱えたまま帰宅した、あの日。
あの日、あの時、お母さんに掛けられた言葉を、今でも何故かしら鮮明に覚えている。
『思ってることは、ちゃんと口に出して言わんと、伝わらんよ。恐がりながらでも、正直に言わんと、自分も傷付くし、相手も傷付けることになるんやに』
全くその通りだ、と今なら思える。
彼と両思いとなったあの日から、数日が経つ、ある日の放課後。
スクールバックに、教科書を詰める。
そこに、楓がいつものように声を掛けに来てくれた。
「華世。さぁ、約束通り、駅前のジューススタンドに行こう? 今日はリンゴか、シャインマスカット、どっちにしようかなー」
「今が旬だよね。でも、ごめん! 一瞬だけ、用事に行ってきても良い? その後、一緒に行くから」
私は拝む様な格好で、楓に頼み込む。
すると、楓は顎に手をやり、ニヤリと笑みを浮かべた。
「なるほど? 用事って『健太くん』か。良いよ。愛を育んでおいで」
「そ、そんなんじゃないってば!」
楓には、私と健太くんが付き合い始めたことを、報告済みだ。
先程の彼女の発言からも分かるように、彼女は賛同して、一緒に喜んでくれた。
良いも悪いも対等に言い合える、そして、いつも見守ってくれる、お姉ちゃんの様な存在だ。
染々している私を、楓は嫌味なく急かす。
「ほら。早く行っておいでよ。蜂矢くん、待ってるよ」
彼女の眩しい程の満面の笑みに、送り出される。
私は、それにひとつ頷く。
終わったら、直ぐに昇降口で落ち合う約束をして、教室を後にした。