通話を終えてからも、しばらくの間、私は何だか茫然自失(ぼうぜんじしつ)状態だった。

 父や母の口から許婚(いいなずけ)だの、結婚相手の名前は神崎(かんざき)健二(けんじ)さんだの聞かされても、今まではまるで小説か何かの登場人物のようにふわふわとした絵空事の中の単語のように感じていた。

 それが、今、健二さんと初めて電話で話したことで許婚(いいなずけ)というものが、いよいよ現実の存在として認識された気がして――。

(でも、不思議です。健二さん、何だか初めてお話した気がしなかったのです……)

 耳に、今も残っている彼の声と、喋り方。

 それが、何だか誰かに似ているような気がして。
 でもそれが誰なのか思い出せなくて……。

 私はしばらくの間ぼんやりと電話の前に座っていた。