前回はさらっと言われたけれど結構重要な問題を抱えているのでは?
困っていて誰かに話を聞いてほしくてカウンセリングを受けるなんて。
あの完璧が服を着ているような男が。馬鹿にされかねない事情まで話して。
事情を知る恋人として部下として姪としてなんとか助けたい。
「で。俺に相談って何?」
「一瀬さんのストレス発散方法って何ですか」
咲子が気軽に声をかけられて大体のことをそつなくこなし
仕事が出来る男という社長との共通点がある相手。となると一瀬しか
浮かんで来なくてお昼休み終わりかけに声をかける。
注意しなきゃと思った矢先にこうしてノコノコと会いに行くから
余計にドツボなんだろうな。と思うけど仕方ない。
「わざわざ俺に聞くって事は……えっと、……まさかの下ネタ系?」
「何で昼間からそんな訳のわからないことを」
つい最近社長室で訳の分からない事したっけか。15分くらい。
「ストレス発散法なんて女のが詳しくて好きそうなワードだからさ。
丘崎さんは俺の発散法に興味があるのかと思って。
でもここで話すにはちょっと人目がさ」
「そんなものに興味は無いです。ただ息抜きの仕方を聞いてみたくて」
「俺そんな生きるのに苦しそうな顔してた?確かにここん所残業は増えてるけど」
「してないから聞いてるんです。どれだけ辛くても次の日は普通に出社する」
「へえ。毎朝俺の顔見てるんだ」
「わざわざ私を見つけてご挨拶してくれますから嫌でも見ます」
「うざいならやめる」
「その言い方がうざいです」
「だよね」
ニコっと笑う顔はとても幼くはしゃいで見えて可愛いと思った。
仕事では厳しくて絶対に妥協をしない。上司と意見を言い合ったり
部下に怒っている姿もたまに見るから怖い印象もある人物。
だからこそ社長の為に何か良いアドバイスがあるかもしれない希望がある。
ちょっと似てるって言ったらお互いに否定するだろうけど。
「何かやっていることがあるとか。食べ物が良いとか」
「仕事にやりがいと責任感を持ってるから。家ではただ寝てるだけ。
飯は姉ちゃんが持ってきてくれる弁当の残り。まあ健康には良いかな」
「しっかりと眠るのが良いんですかね」
「かもね」
あの人の睡眠は確かに少ないかも。家で遅くまで仕事をしていること
もあるようだし。彼の部屋に入る日は確実に夜更かしをする。
ということは回数を減らすべき?
「しっかり眠って野菜中心のバランスのいい食事をする」
「あと定期的なセックスも効果的」
「なるほど定期的なセック……セクハラっ」
「顔真っ赤にしてるけどこれってストレス発散の話だろ?」
「そうですけど。さらっと言うセリフじゃないと思うんですが」
「しっとり言われても困るんじゃないか」
可愛いと思った笑みが邪悪なものに見えてきた。
やはりこの人を信頼しすぎてもよくない。何か誘導されそうで。
「とにかく参考になりました。お礼に好きなコーヒーどうぞ」
「コーヒーより酒がいい。家の近所に自販機あるから」
「そこまで行って買ってこいと?」
「まさか。丘崎さんは俺と店行くの嫌って言うからさ。だったら自販機の酒なら
良いかと思って。外だし。もし酔いつぶれても俺の家あるから」
「何で大人が自販機の前でお酒飲むんですか雰囲気悪すぎます。
お酒は良いものを買って明日熨斗付けてお持ちしますから」
「もし俺が嫌いならこうして話しかけて来ないだろ?」
「嫌いだとは言ってません」
好きだとも言ってないけどね。と心のなかで続ける。
わかっているだろうしそれを敢えて口にするとクドい気がした。
「じゃあ普通の同僚みたいに酒くらい良くないか?」
「二人ではその。噂になるかもしれないし」
「お互いに既婚者じゃないし。何も無いって顔してれば
自然と淘汰されて行くもんだ」
「そんなに飲みたいんですか?私多分話しててそんな面白くないし化粧が
落ちてくる時間になっても全然気にしないし。だったらもっと別の」
「面白いかどうかも分からないだろこのままじゃ。それが知りたいだけ」
「はあ」
「で。一緒に帰る?それとも現地集合?」
「第三の選択肢はないんですか」
「俺の部屋で飲む?」
「……」
これはもう一度付き合って飲んで「何だこんなもんか」と納得してもらったら
楽かもしれない。きっとこの人は妙な夢を見ているだけなんだ。
誘いを断りすぎてこじらせているだけ。1回行けば満足する。
内心それが少しだけ寂しい気もするけれど。
定時を迎えて平静を装いながら会社を出る。彼氏には友人と軽く飲んで
から帰りますとやや濁したメールをした。
お酒を飲む事は回避できないからそこは嘘をつかないでおこうと。
「ビールでいいか。丘崎さんは?」
「同じにします。あ。私が買わなきゃ意味が」
言い終わるより先に自販機でビールを買う一瀬。
それから隅っこの少し空いたスペースで飲む事に。
慣れた雰囲気からしてよくここで買うようだ。
「乾杯」
「かんぱい…。あ。途中でイカをかいましたよ。どうぞ」
「お。さんきゅ」
つまみをカバンから出して差し出すと1本取って口に入れる。
咲子も少し空腹だったので食べて。飲んで。
「ほらやっぱり私と飲んでも面白くない」
会社内でみたいに会話も弾まない。一瀬も黙ってしまうし。
淡々とビールを飲んでイカを食べる謎の男女。
「好きな女前にしてべらべら喋るタイプじゃないだけ」
「え。と」
「何か色々隠してるっぽいからさ。酒の力で内情を聞き出して
やろうと思ったけど。二人きりはやっぱ……ムズいわ」
「彼氏が年上で責任ある立場の人なので色々抱えては居ます。
なのに私は器用とは言えないから空回りや失敗も多いけど、
彼のために精一杯出来ることをする。それだけ」
後ろめたい所は一切ないと言えたらいいのに。
調べなければバレないのに。真面目すぎるだろうか。
「……うわ、酒が凄い染みる」
「大丈夫ですか?お水も持ってきました」
「貰って良い?で、解散にしよう。何か酔ってきた」
「部屋まで大丈夫ですか?ご家族を呼びますか」
「大丈夫」
一瀬はペットボトルの水を渡すと受け取ってふらっと歩き始める。
「一瀬さん」
「嘘でもお幸せにって言えない男に今は触れないほうがいいかな」
「……、気をつけて」
「そっちも」
ハッとして手を止めて見送ると咲子も足早に移動してタクシーに乗る。
スッキリ終わるはずがモヤモヤとしたものを残した初めての飲み会。
「お帰り咲子」
「創真さん何をしたんですか。なんですかこの木は」
帰宅してリビングに入った咲子の目にはでかい1本の木が
天井に向かって生えていた。
「精神を集中させようとしたらこうなった」
「木がはえてますけど?これは誰に言えば」
「集中してる時に森林浴を体験できるCDを流してはいけないね」
「良かったリビングが森になってなくて…じゃなくて」
「何か分からないけど突然不安感に苛まれてしまったんだ。
君の身に何か起こったのかと心配したんだけどそうではないようで」
「はい。無事に帰宅してますよ。管理会社には明日電話してくださいね」
「分かった」
「……あ。クリスマスだったらちょうどいいかも」
終わり