待ち合わせより少し早めに到着したのに既に居て。
道に迷ったらしい外国の人に流暢な英語で場所を案内していた。
長い金色の髪のすらっとした美人を彼はにこやかに見送って終了。
なるほど。こういうスマートな雰囲気がモテる秘訣か。
「そこで鼻を赤くしている君。寒いならさっさとおいで」
「だってお忙しそうだったから」
「君も上司の命令で英語を勉強し始めているんだろ。いい練習だったのに」
「久しぶりのデートなのに仕事持ってくるなんて鬼」
「それもそうか。行こう。観たい映画があるんだったよね」
「はい」
冬の空は当然寒いからぎゅっと彼の腕に絡んで足早に映画館へ向かう。
週末まで待てなくて仕事を終えてから何度と無く誘って実現した今回。
小説なんて読まなかったのに少しでも推理力をつけようと読み始めうっかり
ハマってしまったミステリー小説の映画化は見逃せない。
「映画は久しぶりだ。楽しみだな」
「面白いですから!特に」
「おっと。ネタバレは禁止だよ」
「そうですね」
私も映画館なんて学生時代ぶり。それも付き合いでそれほど好きじゃない
ジャンルだったからいい思い出はない。今回は俳優も好きな人なので
記念にパンフレットを買う事にした。
「チケットを買ってくるから。君は飲み物でも買っておいで」
「創真さんは何がいい?」
「コーヒーがあればそれで」
「はい」
映画といえばポップコーンだけど、夕飯が控えているし
映画に魅入っているだろうから今回は買わないでおいた。
飲み物を2つとパンフレットを手に戻る。
「どうしたんですか。そんな固まって」
「あ。いや。学生かな?若い女性にサインを求められて」
「え?」
「私を映画に出ている俳優と間違えたみたいだ」
「確かに出ていそうな雰囲気はありますけどね。サインしたんですか」
「まさか。行こう」
失礼だよ。と不機嫌そうな所悪いけどちょっと笑いつつ、
観たい映画が上映される番号の部屋へ移動する。それから彼が用意して
くれた座席を探す。
「わ。カップルシートだ」
「広いほうが気楽に観られる」
2つの席がくっついた広い席。素材も他と格段に違って良いもので。
座ってみるとふわっとした。そしてお隣と近い。コートを脱いで飲み物を
配置してまずはその距離を楽しむべく身を寄せる。
「社長からのご褒美ですか」
「そうだね。大きな問題も起こさないで無事に4年目に突入した
社員への細やかな褒美」
「ふふん。私は後輩から頼れる先輩と評判なのです」
「エレベーターに乗るたび愚痴を言ったのが嘘のようだ」
「鍛えられましたから」
「その面では一瀬君には感謝だ」
「……」
「懲りずに君にモーションをかける所は頂けないが」
気まずさをキープしたままよく近い距離で3年間もいられた。
飲み物を飲んでパンフレットに目をやる。
「あ。確かにこの俳優さんは創真さんに似てる」
「スリーピースのスーツを着ているだけでそう見えるんじゃないか」
「それはあるかも。うそうそ。冗談です。本当に似てますって」
「はいはい」
「そんなぁご自分が美形だと自覚してる癖に」
「子どもの頃から容姿が美しいとよく言われるだけの事だよ」
「……くぅ…」
嫌味っぽく言う顔すら美しいのでもうこの話題は終わり。
「せっかくカップルシートに座ったのだから肩くらい良いかな」
「はい。でも、てっきり普通の席かと思った」
映画鑑賞にカップルシート席なんて邪道といいそうなイメージ。
それに他の席のカップルさんたちは既にべったりいちゃいちゃ。
まさにそれ目的ぽいシートでは有るけど見られるのは恥ずかしい。
「事実私達はカップルなんだ。適切な席だろ?」
そう言ってネクタイを緩める。何だかそれが性的なものに見えてドキっとした。
仕事じゃないんだからして当たり前なんだけど。
「はい」
「よろしい。……もっと体を預けてもいいよ。おいで」
「だめ。映画観るんですから。原作の本を読んだからこそ私は
何時でも創真さんの助手として事件を解決できるんですよ?」
「私は推理をしないしあの警部がほしいのは事実だけだ」
「……」
「拗ねた顔をしない。君は4年目の社会人として頑張ればいい」
「……絶対助手になるんだから」
「映画が始まる。ほら、静かに」
「は」
いきなりキスをするとか大胆すぎませんか?会場は既に暗くなっていて
皆正面のスクリーンを観ていたけど。
「……楽しもう咲子」
「映画の話ですよね」
「もちろん」
ニヤってした。これは怪しい。でも抵抗しないんだろうな私。
惚れてしまった弱みというのは本当に恐ろしい。
特別な力は使ってないのに良いようにされてしまうんだから。
「映画の邪魔しないなら……、お風呂考えます」
「よし」
「か、考える、ですからね?」
それは2人一緒。これからも一緒。
終わり