「私達の問題とあの男は一緒にしてほしくないな」
確かに一括にするのはちょっと強引だったかもしれないけど、
今のまま暮らす限りあの警部さんは厄介な難事件が起こる度に協力を
迫ってくるはず。何時まで逃れられるのか分からない。
私達は何時も何かに囚われている。
平和なのは家で一緒に居る時だけなんて幸せ?可哀想?
「っ……あ…あの……創真さんここはまだ私達の部屋じゃ」
「仮押さえはしてある」
当然のことながら電気などは通っていない部屋。来た時は辛うじて
部屋が見えるくらいの明るさはあったのに気づけばすっかり夜の闇。
服の上から体のラインを這う手の感覚と耳から首筋に這う舌の生暖かさ。
こそばゆくて身を捩るけどガッシリと抱きしめられて動けない。
体の力が抜けて手からカバンが落ちる音を合図にどんどん荒く
なっていく私と彼の吐息、合間にキスの音。
体に触れるたびに服の擦れ合う音が何もない空の部屋によく響く。
微かだけどカチャンという金属音も聞こえた。
「今、音しましたよね」
「廊下の方からしたな」
「慧人君たち……?」
甥っ子君たちや九條さんの存在で今後が不安だったから心機一転の
部屋探しなのに。ドキドキしながら雑に乱れた髪と服を直し、彼の後ろに
隠れるようにくっついて一緒に廊下の様子をうかがう。
「あ!高御堂社長!よかった間に合ったーーー!」
「君は不動産屋の」
「はい!高壁です!ここ電気通ってないですしお困りなんじゃないかと。
うちの社長にそれはもうどヤされまして……ははは」
手に持ったライトで照らされて驚いたけどスーツ姿の男性。
ニコニコと笑っているけどちょっと焦ったような雰囲気もある。
「こちらから必要ないと言ったんだ。気にしないでいい」
「うちの社長そういうの気にするタイプで」
「昔から変わらないな。もう帰るから君も帰っていい」
「はい。それでは手続きは明日にでも」
「時間はまだ決められないが明日中には必ず伺う」
「はい!特に質問などもないようですのでお先に失礼させていただきますっ」
「ご苦労さま」
ペコペコと頭を下げて彼は去っていった。大手社長を前に緊張しているのも
あるだろうけど、後ろにひょっこりと私が居たものだから余計な気を使わせて
しまったんだろうな、多分。でもこちらとしてはそれで助かった。
甥っ子君たちでない事も安心。どうせいつかはバレそうだけど。
「もうこんな時間か。あぁ通りでお腹空く訳だ」
「はあ。全く良い所で。咲子を食べ損ねた」
「ずっと側に居るので良いじゃないですか」
暗い部屋を出て鍵をして。返却は明日で良いとの事だった。
車まで戻ってきてからそれとなくスマホの電源を入れ時間を確認すると
一気に空腹が襲ってきてお腹が鳴りそう。
「まあね。君さえよければ何かテイクアウトして帰らないか?
昼が役員たちとの会食でその後に付き合いでお茶までして。
今日はもう人が多い場所や騒がしいのは避けたい気分なんだ」
「良いですよ。検索して私が買ってきます。社長業も大変ですね」
「君に倣って私も努力をすると言ったろ。その結果だ」
「へえ」
「ただ少し愛想を良くしたら個人的に話したいとか夜会いたいとか、
とにかく色んな連中に名刺を渡されたよ。私を何だと思ってるのか」
「創真さんみたいに見た目が良くて一見紳士に見える人に優しくされた
らそういう事かもって思うのはしょうがないかと」
「勝手な勘違いは迷惑行為でしかない。君も分か……一見紳士に見える?」
「あ。もう少し行った所に良いお店発見!」
紳士はドサクサに紛れて女の子食べようとしないと思います。
とか言うと拗ねるか怒りそうなので話題を変えて。見つけたお店の
駐車場にとめて貰ってお弁当を買いに向かう。
草食社長でも安心の野菜中心ヘルシー志向。体には良いんだろうけど、
私は空腹じゃなかったら尻込みしそう。あと結構お値段する。
レシートは取っておこうと決めた。
「丘崎さんここの弁当買うんだ」
「あ。こんばんは」
「その顔を見るに俺のことまだ思い出せないんだな」
「……」
「図星か。ま、いいけど。ここ実家なんだ。その弁当は美味い方で
俺も好き。オススメ。もう一方のは草ばっかで食べた気がしないよ」
「良いんですか自分のお家なのに」
「嫌いなものはしょうがない」
あはは、と笑う名刺を交換したのに名前の思い出せない社員さん。
まさか彼の家だったなんて思わなかった。そんな偶然あるのか。
レジはもう済ませたからすぐに店をでないと。ボロが出る。
「それじゃ」
「彼氏はヤギ?」
「お家にも私にも失礼じゃないですか」
「これも図星か。本当に顔にすぐ出る。素直だよ丘崎さんは」
「もう行きます」
「気に入ったらケイタリングもしてるから利用してみて」
どうしよう全然思い出せない。違う人と間違ってない?
いや、でもちゃんと私の名前は分かってるから名刺交換したんだ。
「人の記憶を消すことも出来たりする?」
「は?」
「いえ、何となく」
「何となくで聞く事か」
彼はやや訝しい顔をしながらも車は家に向かう。
ただ忘れてるだけなんだろうな。先輩ばかりの場で緊張してたから。
帰宅してまずは着替えて身軽になって温かいお茶を淹れて。
「あ。美味しい」
「量も丁度いいしケイタリングをしているのなら昼に頼むのもいいね」
「お弁当屋さんの息子さんと私前に話したっぽいんですけど。
全然覚えがないんですよね」
「それで記憶……。酷いじゃないか」
「ごめんなさい」
「その男が君を口説いてきたという事かな」
「……いいえ?」
「ああ。口説かれている最中なんだ。……楽しい?」
「面白い人だとは思います。慣れてるんだろうなって。
だからこっちも適当に言い返してもいいやって」
「ふぅん。記憶を消す力。母親なら出来たかもしれない。……なら私でも」
「創真さん?」
なにか怖いことぼそっと仰ってません?
「事件を解決するより完全犯罪の方が簡単だなんて最悪だ」
「……」
「責任をとってほしいよ咲子。君の為なら簡単に力を使ってしまう」
この空気の中で、お風呂一緒に入ったら九條さんのお手伝いするの?
とは冗談でも聞いちゃいけないと思ったので止めた。
「食べよう創真さん」
「そうだね」