アメリカに移住していて日本に一時帰国したタイミングで
行方が知れないという社長の甥っ子。大学に進学するくらいの年齢で
残された手がかりはホテルに置いてあるメモの切れ端。
著名な大富豪である高御堂家の謎がこれで少しは解けるかも?
「何かの暗号かな。違うか。……それとも縦読み?」
優雅に足を組んで座っている社長から、立ったままは疲れるだろう
と座るように指示されたので彼が座っている席から2人分開けて座る。
何かしらの視線は感じたけれど無視をしてメモを睨む。
「誘拐などを心配しないように母親にメモを残しただけだよ。
もう少し丁寧に書けばいいとは思うけど暗号じゃない」
「そうなんですか?じゃあ、あ。そうだ!」
「知ってる警察官にお願いしてホテルの監視カメラを見せてもらおう
という案も悪くはないけど。そうなると手続きも必要になってくるし、
彼女もそこまで話を大きくはしたくないだろうな」
小一時間悩んだが結局これはなんのヒントでも無いと。
分かってたならもっと早く教えてほしかった。
「でもお母さん困ってますよね?」
「本当に心から心配なら私よりも先に警察に駆け込んでる。
あの子たちが考えていることをある程度分かっていて許容しているんだ」
「というと?そんなに困ってないってことですか」
子どもが行き先を言わずに居なくなったら親ならきっと必死に探す。
目を離した隙に妹弟が一瞬迷子になっただけでも私は大騒動だった。
逆に親に宥められるくらい自分を責めて心配して泣いて。
「そこは探偵さんが考えないとね」
「私が探偵なら社長は何ですか?助手?」
「君に事件を持ってきた依頼主」
「私1人でやれっていうんですか?それはきついなぁ」
事件といっても人探しで誰も傷ついたりはしてないけれど。
流石にこのメモ1つで探せるわけない。会社を出て事情を聞いたりしないと。
ネットで検索して出てくるわけもないし。
社長の甥っ子さんを探しに行って来ますなんて上司に言えない。
今ごろは駆り出された部署で雑用していると思ってるだろうな。
「協力関係というのは信頼が大事なんだ。君が私を拒む限り無理だね」
「拒んでないです」
「嘘を言ってる」
ツンツンと彼が指差したのは私がわざと開けた席。確かに何時もの私なら
こんな場合絶対に彼の隣りに座ってる。今は出来るだけ早く甥っ子さんを
見つけてあげたい所だから意地をはるのは辞めて素直になるべき。かな。
「会社で真面目なお話だから距離を置いただけです」
そう言って隣に座り直した。
「ふぅん。どうだろうな」
まだ納得いってないという顔で視線をそらす社長。
「創真さんを拒めるわけないじゃないですか。私の……その、
は、初めてのっだっ大事な人なんだからっ」
最終面接より酷いカミカミで喋ってるし強烈に恥ずかしい。
でも反応は気になるから彼のスーツをちょっと掴んでみる。
すると相手はすぐにこちらに向き直して私を軽く抱きしめて。
だけど思いの外あっさり開放されて。
体が離れるなって思うと同時に私のすぐ前に彼の顔があった。
途中からしれっと太ももを触ってきたので強制的に止める。
何時もよりちょっとだけ長いキスだった。
「さて本題に戻ろう」
「……はい」
「初めての試みだけどお互いに週末は予定があるからね。
問題を抱えたままは良くないから早く終わらせよう」
「何をするんです?」
彼の目の前には先程のなんてこと無いメモ。
「ここから情報を読み取ってみる」
「え!スマホで動画撮ってもいい?」
「君の寝顔を撮っていいなら」
「黙って見てます」
「それがいい」
TVのマジックショーみたいな凄いものが見られるなんて。
しかもこちらは種も仕掛けもない。本物の力。
ドキドキしながら様子を伺っていると社長がメモに手をかざす。
手から火花とか出たりするかも?キラキラした粉がでるかも?
「……」
「……」
待っていたのは凄く静か心地よく眠ってしまいそうな時間。
「起きて。終わったよ」
「……ふあ」
完全に寝ていたらしく肩を揺らされて意識が戻ってきた。
「今夜は飲みに行こう。いい店を知ってる」
「あの、結果は?何も見えなかったんですか?」
自力での甥っ子探しは止めて九條さんにヘルプを出す?
「居場所は分かってる」
「物からも読み取れるなんてやっぱり創真さんは凄い!」
「ネタバレをすると君が寝ている間に甥からメールが来た」
「あ。そう、なんですね」
冷静に考えたら叔父さんが目当てなら連絡するか。
こっそり命を狙う訳でもなし。盛り上がった自分が恥ずかしい。
「もっというと。最初から連絡が来ることは想像できた。
メモを読み取る気なんて無かったし、そもそも事件でもない」
「え?」
「そうでも言わないと会ってくれないと思ったから」
「……。貴方に良いようにされっぱなしですね」
ここに来てからずっと恥ずかしい思いばかりしている。
「逆だよ。私が君に狂わされていくんだ」
「そんな事言って」
「咲子が大事だ。……心から、愛しい」
「創真さん」
「私のような怪物が人に執着するといい結果は生まないのに。
不幸にするだけと分かってはいるけど、止められない」
「止めないで。一緒に居るから」
「ありがとう」
そっと彼の手を握ると優しく握り返してくれた。
私はちゃんと大事にされてる。
改めて言葉にされるとむず痒いけど必要なこと。
「当然で」
「風呂でも一緒に居てくれるよね?」
「当然お1人で入ってください」
「……ちっ」
「油断も隙もない」
社長の風呂への執着が半端ない事に恐怖を抱き始めています。
何をしようと思ってる?聞きたいような逃げたいような。
怖がらせるような計画なんかしてないと思うけれども。
「この前買った服を着て欲しいな」
「そうします。甥っ子さんにご挨拶しないといけないし」
「高御堂家には関わらないほうが良い」
「ご自分で言いますか」