『大丈夫?』
「はい。すみません。お話というのは毒入り事件の件です。
前に病院で刑事さんと話していた男性社員さん。
今日のお昼から上司に呼ばれて会議なんだそうですね」
『まだ容疑をかけられたという段階だから迂闊な事は言えない。
だからこの会議は幹部の他には極秘のはずだったんだが……。
もう情報が漏れているとなると別の話し合いが必要かもね』
「……」
『ああ、なるほど。彼自身から聞いたんだ』
「私を社長の身内と知った上で無罪であると伝えて欲しい。と」
ただ怖かったと思うだけで彼の訴えに信憑性があるとかは言えない。
相手からすると私にもっと強く言ってほしいんだろうけど。
本当は何もいいたくないというのが本音だから言葉も途切れ途切れ。
『そうか。分かったよ』
「……」
それでも察してくれる辺りはやはり社長。
『怯えているようだけど本当に大丈夫?君に何もしていないね?』
「……はい」
『隠そうとしても私には見えてしまうんだから無駄だよ』
「電話越しでも?」
『試した事はないし君を無理に暴く気もない。
心配だからって毎回覗く男だなんて君も嫌になるだろう?』
「うん。なる」
『……。まあ、彼の処分は任せて君はゆっくり休むといい』
「分かりました。失礼します」
数分の電話だったけど結構緊張するものだ。
これで心置きなくお昼休憩に入れる。ので弁当を手に先輩の元へ
小走りで向かう。
社長が言っていたようにまだ彼の情報は流れていないようで。
社員が警察に呼ばれた事や犯人が見つかりそうだとかの話題は無い。
「あの人の名前?戸橋さん。戸橋麻耶さん」
「戸橋さんか。ありがとうございます。実はこの前スーパーで会って。
話しかけてくれたんですけど名前が出てこなくてヒヤッとして」
「そんな接点あったっけ?」
「まだ。ご挨拶とかくらいです」
仕事を教えてくれる先輩や関わった人の名前はメモったりして覚えた。
けどまだ全体は無理。だいたい覚えているというこの先輩はもしかしたら
社長並みの記憶力かもしれない。
「そっか。普通に会話は出来るけど何となく近寄りがたい雰囲気あるし。
1年くらい前に中途でうちにきて。家族構成や彼氏も謎のミステリアス美女」
「噂もないんですか?彼氏の…影とか」
すっかり噂に毒されているけど聞けば聞くほど面白く、
相手を覚えるのにも役に立つ。悪い利用法だけど。
「男の話は聞かないな。でも、人事の知り合いが言うには
本当は秘書希望だったらしいけど結局は経理で入ったっていう話」
「秘書希望」
「綺麗だし影が有る女って男は好きじゃない?でも噂は無い。
社長並みに隠すのが上手いか会社の男に興味ないか」
「か、隠すって。社長隠してるんですか?」
「今はゲイでもオープンにしてる経営者も居るけど。
私の予想では社長はストレートだしちゃんと女も居ます」
「み、見たとか」
「いや見たらもっと騒いでるって。経営者としてはまだ若いし
何よりあの完璧な顔面。裏ではしっかり遊んでそうなのに。
なのにプライベートが完全謎に包まれた社長よ?」
「は、はい」
「しかも。どれだけいい女が寄ってきても紳士にエスコートはしても
落とそうとモーションかけないってそういうコトじゃない?」
「なる、ほど……。あの先輩?そんな社長に密着してるんですか?」
まるで側で見てきたような言い方して、
まさかこの人は社長と同じ能力の持ち主!?
「貴方はもっと人脈を広げることですね。私の姉は社長秘書の主任です」
「あっそういう。三姉妹なんですね……」
それなら特別な能力が無くても社長情報はある程度バレるか。
「姉さんと社長はいいカップルになると思うんだけどね」
「どうでしょう。相性って見ためじゃわからないですよ。
社長が付き合ったら物凄く性格が悪いかも知れないし」
「それはそうだけど。相手が既に居るみたいな感じだしね。
凄い真面目で略奪愛出来るような姉じゃない…容姿は良いのに」
「略奪愛とか駄目ですよ本当に駄目絶対ダメ」
「姉さんとくっついたら社長の義理の妹になって会社役員に
なれるかもしれない。役員報酬!夢のハワイ!夢だわー!!夢!」
「……夢ですね」
姉を応援しているというよりそっちの欲望のほうが強そう。
さっき電話した時に対応してくれた人とは違う主任の秘書さん。
そんな話を聞いてしまったら一緒に居る姿を見るだけでもお似合いだとか
思ってしまいそうで嫌だ。
暫くは社長室近辺には近寄らないでおこう。
お昼休憩はこうして平和に過ぎていったけど。あの社員さんはずっと不安
なんだろうな。だからって私が気にする事じゃないし何もできないけど。
それに、どんな言葉よりも社長の鋭い瞳が真実を捉える。