すました感じで部屋から出たけれど。
全然何も分からなかった!ああ!凄くもどかしい!
早く帰って話を聞きたいと思いながら3人外へ向かって歩く。
ふと刑事さんが通路の窓から見える病院の裏庭を見た。
薄暗く人けもなく。ちょっと不気味な雰囲気すらする場所。
「どっか店でもと思ったけど俺ちょっと予定出来てさ。
そこの庭のベンチでいいか?」
「ああ」
「私は」
「彼女も一緒に話を聞く」
「こっちだ」
どうやらまだ話は終わっては居なかったようで。これから聞いた話を
まとめたりするのだろうか?だったら彼女の行動を聞けるチャンス。
どうせ私にまともな推理なんか出来ないだろうけど、
探偵と助手の会話を聞けるのは見逃せない!
それほど広くない庭と何処にでもあるようなベンチ。
近くには喫煙所もあって風にのって匂いがするけど我慢。
座る社長と私。刑事さんは立ったまま彼を見ている。
「頼むぞ秋海棠君」
「その呼び方はもうするなと言ったろ」
「秋海棠?」
「集中できないから黙ってくれ」
不機嫌に言うと社長は深呼吸の後、目を閉じて。
再び開く。
「どうだ」
「彼女のルートに嘘は無い。席に事前に茶が置いてあったのも。
置いた相手の顔を見ていないのも本当だ。
ただ、疑わずに飲んだのは同僚が用意してくれたと思ったと本人は
言っていたが実際は交際中の男からだと思ったから」
「その男が犯人の可能性は?」
「あるかもしれない。私の記憶ではその男は既婚者だ」
「なるほど。不倫の末の別れ話のもつれってのはよくある話だな。
その男の情報を後でおくっといてくれ。引っ張って聞いてみる」
「これでいいか」
「ああ。さすがだよ」
え?え?なに?
社長の口から一気に情報が出て何をどう理解したらいいか分からないまま、
でも双方は納得の様子で会話は終わった。
えっと。つまり、どういうこと?
「予定があるんだろう。さっさと行ってくれないか」
「そうだった。じゃあ咲子ちゃんまたね」
「は。はあ…どうも」
にっこりご機嫌に去っていく刑事さん。
「面倒な男に知られた」
「私達の事?」
「力だよ。この無駄な力」
はあ、と深いため息と共に自分の手を見つめる社長。
「力って記憶力の事じゃなかったんですか?」
でも今の会話は彼の見た記憶というより「彼女の見た記憶」だった。
話を聞けなかった私が何もわからないように、
その場で見ていなければ知りようがない事。
「どういう理屈かは知らないが他人の記憶を閲覧することが出来る」
「ええ!?」
「というとまるで心の病気みたいに聞こえるだろうけど。もしかしたら本当は
そうなのかもしれないけどね。見えてしまうものはしょうがない」
「それであの刑事さん協力してほしいって言うんだ」
妄想や嘘とは思って無くて能力として認知されてる。
つまり納得させられるだけの「事実」があるということ。
「これで嫌なものを見せられる気持ちが分かってくれるかな」
「……」
記憶。そうか、被害者の視線で恐怖を追体験するわけだ。
嫌だそんな能力の使い方。
「君の爺さんが浮気した末の叔父の上に変な力まであるなんて。
君が付き合っている男はとても面倒だろ?あいつが出てきたらその話に
触れない訳にはいかない。となると君に迷惑を掛ける。だから」
「あの刑事さん悪用しようとかは思っていなさそうですけど。
でも、こっちは断ってるのにしつこいです」
「私が手伝えば誰も嘘をつけない」
「だからって貴方は何も得しない、ただ辛いだけ…。
口ではなんとでも言うけど人って嘘が多いから。
自分たちが困った時は裕福でもない父親に借金しに来た癖に。
こっちが困ったら身内だっていうのに皆して嘘ついて無視して」
見た目だけならどうとでも出来る。でも心から綺麗な人なんて
本当に居るのかなって子どもの頃はよく思ってた。
「君の心は邪念こそ多いが嘘は少ない。綺麗ないい子だ」
「……はっ!覗かれてる!?」
彼は正面を見つめていて私を見ているわけじゃないのに。
バレてしまうものなのかとドキッとする。
「そんな頻繁に覗いていたら気が狂うよ。頭にスイッチを作って
コントロールしてる。君と出会って素直にそう感じているだけ」
「良かった。……けど、あの刑事さんが側に居ると不安ですね。
もしこっちもバレたら何かされるんでしょうか」
そう言ってそっと手にふれる。
「その時は私が処理するから」
「創真さんを信じています」
「私も君は信じる」
「そういえば秋海棠ってどういう意味ですか?あだ名?
元ネタは昔の偉人とかですか?歌手?」
「花だよ。知らない?……から聞いているんだよね」
「花みたいな可憐な男子かぁ」
若い頃の社長もさぞかし美形で凛としてて。男子でも花の名前を
あだ名に付けられていたのならさぞ中性的美貌だったんだろうな。
「別名ヨウラクソウという。その頃は珱珞創真と呼ばれていた」
「あ。それで秋海棠」
「不倫して家を追い出された母親と肩身の狭い思いをしていた。
あの時代は……いい思い出もあったんだけど、悪いほうが多い」
「素敵な思い出作りに美味しいもの買って家に帰りましょう」
私の言葉に頷いてやっとその場から離れる。もう空は真っ暗。
近いという理由で普段は絶対行かない高級なスーパーへ。