5年1組、それがみおのクラスです。
クラスは、三つのグループに分かれていました。
それぞれ「一軍」「二軍」「三軍」と呼んでいました。
「一軍」は、かっこいい男子やかわいい女子。
頭のかしこい子や運動が得意な子のグループ。
「三軍」は、その逆です。
カッコ悪い男子やかわいくない女子。
頭のよくない子や運動が苦手な子のグループ。
そして、どっちでもない普通な子が「二軍」です。
みおは二軍でしたが、あまり気にしていません。
彼女には幼稚園からの幼なじみ、まるちゃんがいたからです。
学校ではいつも一緒にいて、帰りも一緒。
まるちゃんがいたら幸せでした。
体育の授業のあと、その事件は起こりました。
みおがメガネを外して顔を洗っていたときのことです。
となりに一軍の女子が顔を洗いに来ました。
その子はみおの顔をじっと見つめていました。
みおもそれに気づきました。
「みおちゃんって、かわいいんだっ。ぜったい、メガネがない方がいいって!」
と嬉しそうに言いました。
みおは両親以外にかわいいと言われたことがなかったので、少し驚きました。
急いでトイレに行ってメガネのない顔を見てみました。
でも、目が悪いのでぼやけてよく見えません。
わたしって、かわいいの?
でも、メガネがないのもいいかな、、、
彼女はふと思いました。
学校から帰るとお母さんにコンタクトを買って、とお願いしました。
お母さんは「まだ小学生でしょう?」と言いました。
でも、いつもおねだりをしないので珍しかったのでしょうか、
その日にコンタクトを買いに行ってくれました。
次の日、みおは初めてコンタクトをつけて学校にいきました。
教室に入るまで、ドキドキしました。
そして、ドアの前で何分か過ぎてやっと教室に入りました。
何人かが振り返りました。
彼女はあわてて下を向きました。
すると、例の一軍の女子がやってきて、
「やっぱりかわいいじゃん。その方がぜったいいいって」
すぐに他の女子たちも集まってきました。
「みおちゃん、かわいすぎー」とか、
「今までぜんぜん気づかなかったわ」
とほめてくれました。
みおは嬉しくなって、まるちゃんのところに行きました。
「まるちゃん、これ似合ってるかな」
「う、うん」
まるちゃんは弱々しい声で応えました。
「よかったー、ありがとう!」
と言って席に向かう、みおの姿をまるちゃんは悲しそうに見ていました。
次の日、みおはお母さんに手伝ってもらって、髪をむすんでもらいました。
また一軍の女子たちがやって来て、
「すごーい。その髪型ってどうやったの?」
「お母さんがしてくれたんだ」
女子たちはじっと髪型を見ていました。
「今日、お家に行ってもいいー?」
「うん、ぜんぜんいいよ!」
女子たちがうらやましそうに見てるのが、みおには嬉しかったのです。
だから、気づきませんでした。
まるちゃんが遠くから見てたことなんて、、、
学校の帰りに一軍の女子三人を連れて家に帰りました。
お母さんは少し驚いた顔をしながら、
「いらっしゃい、あらあら、かわいい子ばかりだこと」
と言ったあと、
「まるちゃんは?」と聞きました。
みおは「今日はいないよっ」とさらっと言いました。
それを聞いた三人の顔から、一瞬、笑顔がなくなりました。
ひとりの女子がお母さんに聞きました。
「あの髪型、どうやったんですか? わたしもしてみたいです」
「うん、わたしも!」
「さんせーーー!」
お母さんは、「はい、はい、みんなちゃーんとしてあげますよ」
と言いながら友達を鏡のあるところに連れていきました。
ひとり残されたみおは思いました。
まるちゃんも誘ったらよかったのかな、でも、あまり髪型とか興味ないもんね。
そうそう、と小さくうなずくと、みんなのいる鏡のある部屋に向かいました。
次の日、待ち合わせして、みんなで登校しました。
全員が同じ髪型です。
歩いているとたくさんの人が振り返りました。
「ねぇ、みんな、見てるよ。私たち目立ってるねー」
私たち、、、か。
みおは少し嬉しそうにつぶやきました。
いつのまにか、彼女は一軍グループに入っていたのです。
お昼休み、みおがまるちゃんに声をかけに行こうとすると、
「えっと、思ってたんだけど、あの子と仲よしなの?」
女子のひとりが言いました。
「そうだよ!」
みおは嬉しそうに答えました。
「でも、まるこって、三軍だよね?」
「うん、まるこの見た目じゃねー」
え? まるこって、まるちゃんのことだよね。
みおは女子たちの会話を聞いて、ギクってしました。
それと、まるちゃんが三軍ってはじめて知りました。
「あの子って太ってるしさ。あと、なんか暗くない?」
まるちゃんの方を見ながら、話を続けています。
一軍の女子たちがまるちゃんを見る眼は少し冷たそうでした。
みおの歩きかけていた足は止まって、そこから前に進めませんでした。
それから、学校でまるちゃんに話しかけることがなくなりました。
一緒に帰ることもなくなりました。
そんな毎日がしばらく続いたある日、
学校から帰るとポストに手紙が入っていました。
封筒を開いて紙を取り出すと、
「わたしを見つけてください」
と書かれていました。
封筒の裏に名前は書かれていません。
みおは少し怖くなりました。
お母さんに言おうか、と思いましたが、結局、言えませんでした。
寝るとき、みおはベッドのなかで考えました。
見つけてってことは、いま、いなくなってるひとだよね?
思い出そうとしましたが、頭に浮かびませんでした。
きっといたずらだよ、
みおは自分にそう言い聞かせながら眠りました。
次の日、お昼休みになって初めてあることに気がつきました。
まるちゃんの姿が教室にありません。
誰も何も言わないから、ぜんぜん気がつきませんでした。
そのとき、あの手紙を思い出しました。
もしかして、まるちゃんなの?
家に帰るとまた手紙が届いていました。
「わたしを探してください」
次の日もまるちゃんは休んでいました。
みおはまわりの女子に聞いてみました。
「まるこ? あっ、気がつかなかったなー」
「風邪とか病気じゃない?」
「ま、三軍のことなんて関係ないよ」
それだけで話は終わり。
すぐに別のことを話しはじめました。
授業が終わるまで、みおは震えが止まりませんでした。
学校から帰って、恐るおそるポストを開るとやっぱり手紙がありました。
みおは思いました。
これって、わたしが見つけてあげないとダメだっ。
彼女はお母さんに遊びに行ってくる、と言ってまるちゃんの家を訪ねました。
インターホンを押しても誰も出ません。
みおは思いつく場所を探しまわりました。
でも、まるちゃんの姿はどこにもありません。
疲れたので、公園のベンチに座って少し休むことにしました。
最近できた広くて大きな公園。
たくさんの子供たちが遊んでいます。
あっ!
彼女は思い出しました。
この近くにも小さな公園があったことを。
この公園ができるまでは、みんなそこで遊んでいました。
もちろん、みおもまるちゃんと毎日のように遊んでいました。
立ち上がると走って公園に向かいました。
まるちゃんがいたっ!
小さな公園のベンチにまるちゃんは座っていました。
みおはまるちゃんの横に、でも、少し間をあけて座りました。
ふたりともしばらく黙ったままでした。
こうなったのは、わたしのせいなんだ。
みおはやっと話す決心をしました。
「学校、なんで休んでるの? 病気、じゃないよね?」
「わたし、、、いなくても、関係ないし」
まるちゃんは、ぼそっと言いました。
「ひとりだし、忘れられてるし」
また、間があって、
「なんだかこの公園みたい」
力なくそう話したあと、
「でも、三軍だから仕方ないか」
弱々しくまるちゃんは笑いました。
「違うって! あんなの勝手に決まってるだけ」
すると、まるちゃんは少し怒った顔で、
「一軍だから、それ言えるんだよ」
みおは言葉に詰まりました。
いつのまにか、あのグループ分けに参加していた。
そして、一軍のグループになっていた。
それは間違いありませんでした。
いつの間にか、自分が一軍なのが当たり前と思っていたのです。
「ご、ごめんなさい」
「謝らなくていいよ。わたしメガネのときもずっとかわいいって思ってた」
「えっ?」
「みんな気づくの遅すぎだし」
まるちゃんは小さく笑いながら言いました。
「見つけるのが遅くなってごめん。何通も手紙を書かせちゃったね」
まるちゃんは、みおの言葉を聞いてぽかんとしながら、
「んーと、手紙って?」
みおは手紙について話しましたが、まるちゃんは知らないようでした。
なら、あの手紙は誰が書いたの?
「今日は話せて嬉しかったし。明日からはちゃんと学校に行くよ」
「わたしも、ちゃんと声をかけるね。また一緒に帰ろ!」
まるちゃんのニコニコした笑顔を久しぶりに見ました。
まるちゃんの顔はまん丸だからか、笑うとなんだか自分まで暖かくなるようでした。
みおは家に帰ると、鏡の前に座ってコンタクトをはずしました。
髪もぐちゃぐちゃにして元に戻しました。
「探しものは見つかったかなぁ?」
ドキッ。
後ろから声がしました。
鏡のなかに、笑顔で立っているお母さんの姿が見えました。
「え? あれ、お母さんだったの。もー、はじめ読んだとき怖かったんだからっ」
お母さんは舌を出しながら、
「さぁ、どうかなぁ」
「ええっ、何それ?」
「さては、手紙の裏を見なかったかぁー」
「え? 入ってた封筒の裏じゃなくて?」
「そう、書かれていた手紙の裏側よ」
みおはあわてて、手紙の裏を見ました。
そこには「みお」と彼女の名前が書かれていました。
え? どういう意味?
みおの頭のなかは混乱しました。
探すのはまるちゃんでなく、わたし自身だったの?
「でも、わたし、ずっとここにいたよ?」
お母さんは少し首を傾げながら、
「ほんとかなぁー、みおはずっとここにいた? いつも通りだった?」
お母さんにそう言われて少し不安そうな声で言いました。
「わたし、一軍の場所にいったからダメだったってこと?」
「なにそれっ、一軍ってなんのことよ?」
みおは今までのことをお母さんに説明しました。
「なるほどねー、その一軍ってまるちゃんも入ってたんだよねー?」
お母さんは少しいじわるそうな顔で聞きました。
みおは小さく左右に首を振ります。
「みおはその一軍にいてほんとに楽しかったの?」
みおはだまったままでした。
お母さんはやさしい声で言いました。
「みおのことはお母さん何だってわかる。それは、きっとまるちゃんもだよ」
いつのまにか、みおの目に涙があふれていました。
鏡に映る姿がぼやけていました。
「はい、これ使いなさいっ」
と言ってお母さんがメガネを渡してくれました。
そのメガネはまるちゃんと一緒に買ったおそろいのものでした。
「あ、ありがとう」
みおはメガネをしっかりとかけました。
「みお、みーつけた! でしょ?」
お母さんが頭をなでながら言いました。
鏡のなかのみおの髪はぐちゃぐちゃで、目も泣いてはれていました。
わたしって、ヘンな顔だなぁ。
これで、一軍だって喜んでたなんて笑っちゃうよ。
みおの目から涙が消えていました。
「お母さん、わたし、、、」
「何も言わないの。鏡をよーく見て。これがみおなんだから」
コンタクトで鏡のなかを見たとき、自分が何だかキラキラと見えました。
今、メガネで見ている自分は何だかポカポカと見えていました。
それは、さっき公園で別れたときに見たまるちゃんの笑顔に似ている、
そう思いました。
「お母さん、わたし明日、まるちゃんにちゃんと謝る」
「そうね、でも、その前に謝るひとがいるでしょー?」
みおは鏡のなかの自分に頭を下げました。
そして、言いました。
「ごめんなさい。戻ってきてくれてありがとうね、みお」
鏡の向こうではお母さんが、みおの頭を優しく撫でていました。