わかっているのは、母さんの旧姓だった、小山という名字だけ。

だがマンションだからか、どの部屋にも表札が見当たらない。

キィ……。

そのとき、ドアのひとつが開いた。

中から出てきたのは、花柄のバッグを肩から提げた、真っ白なパーマ頭の七十代くらいのおばあさんだ。

おばあさんはエレベーターのボタンを押したあとで、共有廊下に立ち尽くす俺を、不審そうにジロジロと見てきた。

古い住人が溢れかえっているような、老朽化したマンションのことだ。

見慣れない人間、しかも高校生なんて、怪しいに決まっている。

俺は、思い切ってそのおばあさんに聞いてみることにした。

「あの、すみません。小山さんの家ってどこですか?」

「ああ、小山さん?」

思った以上に、そのおばあさんの声は大きい。耳が遠い人は声が大きいと聞いたことがあるから、そうなのかもしれない。

「小山さんなら、そこの家よ」

そう言いながら、ドアのひとつを指差す。

「ありがとうございます」