アンドロイド・ニューワールド

『い、いきなり連絡してくるから、何事と思ったら…。そ、そんな…どうして?どうしてそんなことになっちゃったの?』

と、局長は尋ねました。

「不明です」

『ふ、不明って…。グループに入ったんじゃなかったの?』

「はい。入っていました」

『そのグループはどうなったの?』

「追い出されました」

『えぇぇぇぇ!?』

と、局長は言いました。

残念ですが、全て事実です。

『瑠璃華ちゃん…。何かしちゃったの?何かその…友達の子を怒らせるようなことを…』

と、局長は聞きました。

「はい。彼女達はとても苛立っていました。そして、その苛立ちの原因は、恐らく私にあるのでしょう」

『な、何しちゃったの?』

「不明です」

『…』

と、局長は無言でした。

口をぽかんと開けて。

モニター越しですが、とても間抜けな顔に見えます。

『…』

と、同じく報告を聞いている副局長も、無言でした。

モニター越しですが、とても困惑しているように見えます。

申し訳ないですが、全て事実です。

『な、何で…。そんなことに…?』

『えぇと…。瑠璃華さんのことですから、多分無意識…無意識に、怒らせてしまったのではないかと…』

『そもそも…最初からその子達、瑠璃華ちゃんの友達だったのかな…?』

と、局長と副局長が言いました。

私が?無意識に?

無意識の行動なら、仕方ありません。自覚がないものを直すことは出来ません。

『うーん…。なかなか上手く行かないものだなぁ…』

と、局長は腕を組んで言いました。

…もしかして、局長は残念だったのでしょうか?

「『人間交流プログラム』の研究成果に傷をつけてしまい、申し訳ありません」

折角、一人目の『新世界アンドロイド』より、人間に適応する能力が高い、と認められていたのに。

『あ、いや、それは君が気にすることじゃないんだよ。そんなことを心配してるんじゃなくてね』

「…?そうですか」

『まぁ…。あまり気に病まないで。まだ一週間とちょっとしかたってないんだから』

と、局長は言いました。

しかし、私は別に、気に病んではいません。

何故なら、『新世界アンドロイド』は病まないからです。

あらゆる病気とは無縁です。

怪我はしますが、自己治癒機能が備えてあるので、大抵の傷なら、あっという間に治ります。

例えば、首を刎ねられたくらいなら、すぐにくっつきます。

『まだまだこれからだよ。元気出して、新たに友達作り頑張って!』

と、局長は言いました。

「分かりました。努力します」

と、私は答えました。
…そこで。

私は翌日から、湯野さんと悪癖お友達以外のクラスメイトと、友達になる為。

とりあえず、片っ端から「私と友達になりませんか」と、声をかけて回ることにしました。

朝の時間だけで、主に女子生徒を中心に、12人に声をかけてみましたが。

皆さん、失笑して却下するか、嫌がって逃げるか、無言で無視するかのどれかでした。

世知辛い世の中です。




このままでは、私に友達など出来そうもありません。

昨日あんなことがありましたが、それでも何とか仲を取り持てないものかと。

湯野さんと悪癖お友達一行にも、声をかけてみようかと思ったのですが。

手当り次第クラスメイトに声をかける私を、彼女達は例の悪癖で、ほくそ笑むように眺め。

案の定、私が彼女達に話しかけようと傍に寄ったら、蜘蛛の子を散らすように逃げていく始末。

これでは、仲を取り持つどころではありません。

そもそも、話し合いの機会すら与えてくれないのですから。

やはり、世知辛い世の中です。

そんな世の中でも、私はまだ、友達作りを諦めてはいません。

既にクラスメイトの約三分の一、特に女子生徒には、かなり避けられているわたしですが。

一度断られても、二度三度と頼めば、気が変わるかもしれません。

人間の気の移ろいやすさは、お天道様と同じですから。

そんな訳で私は、13人目となる男子生徒に、声をかけてみることにしました。

時間的に、そろそろ一時間目が始まってしまうので。

この時間で友達勧誘を出来るのは、彼で最後でしょう。

良い返事がもらえると良いのですが。

「は?誰がお前なんかと友達になるかよ」

と、男子生徒は言いました。

この台詞を聞いたのは、今日で八度目です。

現実は残酷です。

たまには、新しい台詞を聞いてみたいものです。

すると、私の願いが叶ったようで。

「つーかさぁ、お前みたいな奴、もう無理なんだって」

と、彼は言いました。

目新しい台詞です。

しかし、意味は不明です。

「何が無理なのでしょうか?」

「お前のそのキャラ、誰もついていけねぇよ。馬鹿なんじゃね?友達作りしたいなら、そのキモいキャラやめてから来いよ」

と、男子生徒は言いました。

もっと意味不明です。

しかし、何処か核心を突いた台詞でもあります。

私に友達が出来ない理由は、そこにあるのかもしれません。

では、詳しく聞いてみましょう。

「その、キモいキャラというのはどういう…」

「それをやめろっつってんだろ。アホか。もう黙ってろよ」

と、怒ったように男子生徒は言いました。

黙れと言われては、声を出すことは出来ません。

何とかジェスチャーで…と思いましたが、もう授業が始まってしまいます。

そもそも、彼は既にそっぽを向き、私との話し合いに応じるつもりはないようです。

途方に暮れている私を見て、周囲のクラスメイトはクスクスと笑っていました。

何か面白いものでも見えたのでしょうか。

ですがその笑みは、湯野さんの悪癖お友達の、例の悪癖笑顔に、とてもよく似ています。

つまり、人を小馬鹿にしたような笑顔です。

この場合、小馬鹿にされているのは私なのでしょうか?

だとしたら、私の友達作りは、とても困難なものになりそうです。
さて、その日の昼休みが終わり。

それまでに、クラスメイトの32人ほどに友達勧誘を試みましたが。

残念ながら、全て失敗に終わりました。

つくづく、世知辛い世の中です。

案外皆さん、心に余裕がないのかもしれません。

私には心がないので、彼らの気持ちは分かりませんが。

とにかく、私に対して友人になる気がないことだけは、よく分かりました。

しかし、諦めてはいません。

クラスメイトは私を含めて38人。私を除けば37人。

これまでに声をかけたのは32人。湯野さんと悪癖お友達を含めると36人。

つまり、あと一人残っているのです。

その一人が、もしかしたら私と友達になってくれるかもしれません。

とはいえ、ここまでの流れを見ると、もう一人にも断られそうな気もしますが。

そのときは、二度目を試みるとしましょう。

さて、それはともかく。

私立星屑学園では、昼休みの後に、掃除の時間があります。

研究所では、清掃員を雇って研究所内を清掃してもらっていましたが。

ここでは、生徒達が校内の清掃をするそうです。

自分の身の回りは、自分で綺麗にしろということなのでしょうか。

まぁ、特に掃除に関しては話すことはありません。

それよりも、私が語るべきは。

その掃除の後、五時間目の授業に向かうときに起きた出来事についてです。
掃除の後、五時間目の授業が始まるまでのインターバルは、およそ10分ほどです。

そしてこの日の五時間目の授業は、化学。

化学、そして生物の授業は、普段の教室ではなく、校内の二階にある理科室で行われます。

しかも、この学園の理科室は、校舎西棟の端っこに位置しています。

だから、東棟に教室があるクラスは、移動するのにとても時間がかかります。

が、私達のクラスは元々西棟にあるので、階段を上るだけで、さほど時間をかけずに移動出来ます。

学年が上がったら、教室が東棟になって、理科室から遠ざかることになってしまうのでしょうか。

あまり考えたくないですね。

ともあれ、私は掃除が終わってから、五時間目が始まるまでの約10分の間に。

教科書とノート、筆記具を持って、教室を出…、

…ようとしたときに、それは起こりました。

「あっ…」

教室の扉付近で、衝突事故が発生していました。

車椅子に乗った男子生徒が、扉を開けて出ようとしたところに。

湯野さんと悪癖お友達の一人が、男子生徒の横をすり抜けるように、無理矢理割り込んできた為に。

湯野さんと悪癖お友達の一人は、男子生徒の乗っていた車椅子に、ドン、とぶつかってしまったのです。

ぶつかったと言うか、軽く当たった程度ですが。

しかし、車椅子の男子生徒は、後ろからいきなり、割り込むように通り抜けてきた悪癖お友達の存在に、全く気づいていなかったらしく。

軽く当たった程度ですが、膝の上に乗せていたテキストやノート、筆記用具一式を、廊下にぶち撒けてしまいました。

また、筆記用具を入れていたペンケースのチャックが、ちゃんと閉まっていなかったのか。

ペンケースの中のシャープペンシルや消しゴムなども、廊下に散らばっていました。

交通事故ですね。

慌てて、足元に落ちたテキストや筆記用具を拾おうとする、車椅子の男子生徒ですが。

湯野さんの悪癖お友達は、自分がぶつかった相手に謝罪することも、落としたものを拾うこともなく。

何事もなかったかのように、振り向きもせず、すたこらさっさと歩いていきました。

更に、その様子を見ていた、近くにいた別の生徒達も。

声をかけることも、落としたものを拾ってあげることもなく。

何事もなかったように、まるで彼の存在など見えていないかのように、彼の横を通り過ぎていきました。

残されたのは、懸命に廊下に散らばったものを、屈み込むようにして拾い集める車椅子の男子生徒のみ。

…。
 
…冷たい世の中ですね。

私は彼の傍に寄り、しゃがみ込んで、落ちていたシャープペンシルと消しゴムを拾い上げました。

「あ…」

車椅子の男子生徒は、驚いたように私を見ました。

「どうぞ」

と、私は彼に落とし物を渡しました。

「あ…ありがとう」

と、車椅子の男子生徒は答えました。

…ん?そういえば、この車椅子の男子生徒。

いつぞや、私に購買部の所在地を教えてくれた方ですね。

「いえ、大したことでは」

と、私は答えました。

それよりも。

「クラスメイトの方々は、心に余裕のない方が多いのですね。目の前に落ちた落とし物を、拾ってあげるくらいの親切心もないとは」

と、私は言いました。

私に心はありませんから、そんな私が親切心という言葉を使うのは、間違っているかもしれませんが。

何と言いますか、あの人達は。

困っている人が目の前にいて、多少自分の労働力と時間を提供すれば、その人を助けられる、という状況においても。

とにかく、自分のやるべきことだけを優先されるのですね。

非常に合理的、ですが。

以前読んだ本の中に、人間、空に向かって唾を吐けば、自分の顔に落ちてくるという記述がありました。

つまり、自分のしたことは、いつか必ず自分に返ってくるという意味ですね。

裏を返せば、自分のしなかったことは、いずれ自分もしてもらえないということです。

あの人達はきっと、自分が財布から小銭をぶち撒けたとしても、誰にも拾ってもらえないでしょうね。

それどころか、小銭をくすねられる可能性もあります。

でも、世間ではそれをこう言います。

因果応報、と。
それはともかくとして。

そんなことをしていたら、既に授業開始五分前。

既に教室の中には、一人もクラスメイトは残っていません。

私も、こちらの車椅子の男子生徒も、早く理科室に向かわなければ、遅刻してしまいます。

「急ぎ、理科室に向かいましょう」

と、私は言いました。

が、

「う、うん…。そうだね、それじゃ…」

と、車椅子の男子生徒はそう言って。

何故か、理科室に向かう階段とは、反対の方向に車椅子を向けました。

何をしているのでしょう。

「どうしてそちらに向かうのですか?理科室は西棟、この上ですよ」

と、私は教えました。

私よりも、中学生のときからこの校舎で過ごしている彼の方が、校舎内の地理には詳しいはずですが。

もしかして、とても方向音痴なのでしょうか。

すると。

「うん、そうだけど…。俺は、エレベーターに乗らなきゃいけないから…」

と、車椅子の男子生徒は答えました。

「成程、確かにあなたは車椅子ですから、階段は上れませんね」

と、私は言いました。

この学園の階段には、車椅子用の昇降機はついていません。

しかし代わりに、校内にエレベーターが設置されています。

納得しました。

でも、納得出来ないことがあります。

「エレベーターなら、西棟と東棟、両方にあったと記憶しています。西棟のエレベーターを使えば良いのでは?」

と、私は聞きました。

彼の向かっている方角は、東棟です。

東棟のエレベーターに乗ろうとしているものと推測します。

が、エレベーターなら、西棟にもあります。

理科室は西棟にあるのですから、わざわざ東棟のエレベーターを使って、遠回りする必要があるとは思えません。

すると。

「あ…。えぇと、西棟のエレベーターは、俺が入学する前に、とっくに故障してて…。そのまま、直されてないんだ」

「…」

「それまで、車椅子の生徒はいなかったらしくて…。直す必要がないって…それで…」

「…つまりあなたは、向かう先が西棟だろうが東棟だろうが、階の上り下りをするには、例外なく東棟のエレベーターを使用するしかない、という状況なのですね?」

「うん…そう」

と、車椅子の男子生徒は頷きました。

成程、理解しました。

「しかし、授業開始まであと五分足らずです。今から東棟のエレベーターに向かっていては、授業に間に合いませんよ」

「うん…。分かってるけど、でも他に方法がないから…。…その、君だけでも…先に行って。急げば、君だけなら遅刻せずに済むよ」

と、車椅子の男子生徒は言いました。

自己犠牲の精神ですね。

俺のことは諦めろ、お前は俺の屍を越えてゆけ、という奴です。

しかし私は、彼の屍を越えていく趣味はありません。

何故なら、私にはこの状況を打開する為の策があるからです。
「成程、理解しました」

「うん…。だから、先に行って。俺は遅刻しても…」

「いいえ、あなたが遅刻することはありません」

「え?」

と、車椅子の男子生徒は首を傾げました。

「何故なら、私は今からでも間に合う方法を考えついたからです」

「ほ、方法って…?」

「簡単な話です。私が、あなたと車椅子を背負って、階段を駆け上がれば良いのです」

「え、えぇぇ!?」

と、車椅子の男子生徒は言いました。

「では行きましょう。私の背中に掴まってください」

と、私は言いました。

そして、しゃがみ込んで彼を背負う準備をしました。

「え、い、いやいやいや。ちょっと待って」

「待ちません。時間が迫っています。さぁ早く」

「いや、重い、重いから。とてもじゃないけど背負えないよ」

と、車椅子の男子生徒は言いました。

成程、私の背中の積載量を気にしてくださっているのですね。

しかし、その心配は必要ありません。

「大丈夫です。私の身体は、戦闘モード移行時にはおよそ2トン、通常時でも300キログラムの負荷に耐えられるよう、設計されています」

「え、えぇぇ?」

「そして、高校一年生の男子生徒の平均体重は60キロ前後。加えてあなたは、高校一年生の平均身長よりやや低めで小柄な為、およそ55キロ前後と仮定して、そこから更に、あなたには足がないので、その分の重さもマイナスされます」

「…」

と、私は言いました。

更に付け加えるならば、彼は平均より筋肉力が少なく、痩せ型なので。

恐らく彼の体重は、50キロ台前半といったところでしょう。

「そこに車椅子の重さを付け加えても、やはり60キログラム前後。全く問題ありません。何ならあなたが5人いても、私一人で運搬可能でしょう」

「…運搬…」

「はい。ですから、気にせずお乗りください」

と、私は言いました。

これで、万事解決ですね。

…と、思ったのですが。

「…ううん。良いよ、君は一人で、先に行って」

と、車椅子の男子生徒は言いました。
これは想定外です。

まさか断られるとは。

授業に遅刻したいのでしょうか?

「何故断るのですか?」

と、私は尋ねました。

あ、もしかして。

「乗り心地を気にしているのですか?確かに、リムジンやファーストクラスの座席に比べれば、私の背中の乗り心地は劣るでしょう。しかし今は、授業に間に合うか間に合わないかの非常時であり、かつ階段を上るという短時間の我慢で済むので、ここは辛抱してもらいたいと、」

「い、いや、そういうことじゃなくて」

「…何でしょうか?」

と、私は聞きました。

乗り心地の問題でないなら、何の…、

「あ、勿論輸送費は無料です。無賃乗車で結構ですよ」

「いや…。あの、そんな人を、荷物みたいに…。いや、今の俺は、実際荷物みたいなものなんだけど…」

と、車椅子の男子生徒は言いました。

荷物とは何のことでしょう。

「何を気にしているのですか?」

と、私は聞きました。

「女の子に…そんなことさせる訳にはいかないから」

「え?男女差別ですか?」

「そ、そういうつもりはないけど…。でも、女の子に運んでもらう訳にはいかない…って言うか、そもそも誰かに背負わせる訳にはいかないよ」

と、彼は言いました。

謎の理論です。

この世には、大抵万国共通で、「おんぶする」という慣習があるのに。

何故、それを拒むのでしょう?

「俺は東棟のエレベーターで、自分で行くから…。君は、階段を使って。早くしないと、間に合わなくなるよ」

「…」

と、私は無言で考えました。

そして、結論を出しました。

「…分かりました。では、私も東棟のエレベーターでご一緒しましょう」

「え?」

と、車椅子の男子生徒は首を傾げました。

が、私は気にせず、彼の車椅子のハンドルを握りました。

そして、東棟に向かって歩き始めました。

「ちょ、ちょっと待って。何やってるの?」

と、車椅子の男子生徒は尋ねました。

「見ての通り、車椅子を押しています」

「そ、そうじゃなくて…!何で一緒に来るの?」

「説明を求めますか?長くなりますけど良いでしょうか」

「え?い…良いよ」

と、車椅子の男子生徒は言いました。

では、お言葉に甘えて。

「理由は四つあります」

と、私は言いました。
「一つ目は、世の中には『死なば諸共』という言い回しがあります。どうせ一人遅刻するなら、二人遅刻したところで、大した問題ではありません」

と、私は言いました。

どうせ、このままではこの車椅子の男子生徒は、授業に遅刻してしまうのですから。

そこに私がもう一人加わっても、大した問題ではありません。

更に。

「二つ目は、あなたには恩があるので、その恩返しです」

「恩返し…?」

と、車椅子の男子生徒は言いました。

「はい。転入初日、私に購買部の所在地を教えてくれたことを覚えていますか?」

「あ…。それは…」

「忘れていましたか?」
 
「いや…。忘れてはないけど、でも…そんな、返してもらうような恩じゃないよ…」

と、車椅子の男子生徒は言いました。

謙遜しているのでしょうか。

それでも私は、恩返しをするに値する行為だと判断しているので。

大人しく、恩を返されてください。

「三つ目は、あなたが最後の一人だからです」

と、私は言いました。

「最後の一人…?どういう意味?」

と、車椅子の男子生徒は聞きました。

「私の友達作りの一環です。クラスメイト全員に声をかけて回っているのですが、なかなか色の良い返事がもらえずに、困っているところです。そしてあなたが、まだ声をかけていない最後の一人です」

「…」

「つまり、どうせあなたには声をかけるつもりだったので、ついでということですね。…どうせ遅刻は確定していますし」

と、私は言いました。

私達が東棟に向かっている間に、授業開始を告げるチャイムの音が、校舎内に響き渡っていました。

これでもう、何をしても無駄ですね。

もう遅刻しているのですから、どうせなら派手に遅刻しましょう。

何事でも、やるなら全力で、と偉人達も言っていましたし。

今こそ、その精神を活かすべきでしょう。

「…じゃあ、四つ目の理由は?」

と、車椅子の男子生徒が尋ねました。

「四つ目ですか?四つ目は…」

と、私は少し考えてから、

「…何となくです」

と、私は言いました。

「…」

これには、車椅子の男子生徒も無言で、そして呆気に取られていました。

私の方も、特に思いつかないのです。

自分が何故、このような行為をするのか。

授業に遅刻すれば、何らかのペナルティが与えられるかもしれないというのに。

そんなリスクを犯してでも。

何となく、放っておけない気がしたのです。

何故なのでしょう?不思議な感覚です。

久露花局長に聞けば、答えをくれるでしょうか。

まぁ、どうせ過ぎたこと。後の祭りという奴です。

「気にせず、存分に一緒に遅刻しましょう。大丈夫です。授業に遅刻したから教師に殺された、というニュースは、未だ聞いたことはありません」

「…それは、俺もない」

「そうですか」

なら、安心ですね。

それに、もし教師が、遅刻した私達に向かって、火炎瓶片手に襲ってきたとしても。

そのときは、私が戦うとしましょう。

相手が私と同じ『新世界アンドロイド』でない限り、多分勝てるでしょうから。