アンドロイド・ニューワールド

「一体どうしたんだよ、急に?それに、『新世界アンドロイド』?何それ?」

と、生徒会長は聞きました。

「久露花さんはおかしな設定作りをしてる…って聞いたことあるけど、あれ本当だったんだ。そういうのはやめときなよ。見てて痛々しいよ」

「…」

「それに、さっきから何?車椅子の生徒のこと、まだそんなに気にしてたの?別に彼氏じゃないんだから、そんなに庇う必要ないだろ?」

と、生徒会長は言いました。

彼氏じゃないから、何だと言うのですか。

奏さんは私の親友です。

親友を庇うのは、当たり前のことです。

それに、設定作りとは何のことですか。

「どうでも良いだろ、そんな奴のことなんて。話したいなら、また放課後に会って話そうよ。だから今は…」

「いいえ」

と、私は言いました。

私にとって奏さんは、どうでも良い存在ではありません。

「きっと私のしていること、言っていることは、客観的に見て正しくないのでしょう。しかしそれでも『私は』こう言います。奏さんを侮辱したあなたのことが許せない。あなたから人間の感情を学ぶなんて、そんなことはまっぴら御免だと」

「は…?」

と、生徒会長は首を傾げて言いました。

分かりにくかったようなので、もう少し分かりやすくして、はっきり言いましょう。

「私は、あなたの恋人にはなりません。個を尊重せず、奏さんを邪険にする人は、大嫌いですから」

と、私は言いました。

生徒会長の目は、まん丸と見開いて、そして呆然としていました。

呆然としていたのは、生徒会長だけではありません。

傍で耳をそばだてて聞いてきたギャラリー達も、唖然としていました。

しかし、私にはもう関係のないことです。

「申し訳ありませんが、そういうことなので、私との交際はなかったことにしてください」

「え、ちょ…。久露花さん、何でそんないきなり…」

「いきなりではありません。ちゃんと考えましたから」

と、私は言いました。

考えて考えて、何なら考え過ぎて、脳内がキャパオーバーして、一時自動冷却システムが発動したくらいです。

それくらい考えて、出した結論です。

例えそれが、『人間交流プログラム』を実行する『新世界アンドロイド』として、正しくない選択なのだとしても。

「私は」、そう思いましたから。

奏さんを悪く言う人は、誰であっても許せない、と。

彼もまた、一人の尊重すべき大事な命なのですから。

決して、誰かに踏みにじられて良いものではないのです。

「そういう訳ですから。さようなら」

「え、ちょ、久露花さん…!」

と、生徒会長は私を呼び止めましたが。

私は、振り返りませんでした。
などと、難しい理屈を捏ねた私ですが。

結局一晩考えて、出た結論は一つだけ。

私は誰よりも、湯野さんと悪癖お友達一行や、他のクラスメイトや、生徒会長よりも。

ただ一人、奏さんと一緒にいるときの方が良い、と思っただけです。

考えれば考えるほどに、私の脳裏に蘇るのは、奏さんと過ごした日々のことばかり。

そして、これからも続くであろうその日々を、手放したくありませんでした。

それだけです。

私が生徒会長と恋人になることで、そのこれからの日々が、失われてしまうのだと思ったら。

それは、許せなかった。許容出来ませんでした。

生徒会長との、未知のこれからを過ごすより。

奏さんとの、これまでの日々をこれからも繰り返す方が良い、と。

そう思っただけです。

何度も言うように、それが正しい行為なのかは分かりません。

でも、私はそうしたいと思ったのです。

加えて言うなら、昨日生徒会長が奏さんを迷惑だと言ったのが、個人的に苛ついたので。

余計に、生徒会長と過ごすこれからの日々が、理想的なものになるとは思えなかったのです。

「ま、待てよ!」

と、後ろから生徒会長はさけび、私の手を掴みました。

顔面は蒼白で、非常に焦っているように見えます。

「まだ何か?」

「何かじゃねぇよ!何なんだよ一体!付き合ってくれるって言ったじゃないか!それをいきなり…!」

「それは申し訳ないと思っています。でも、『私は』この方が正しいと判断しただけです」

と、私は言いました。

しかし。

「何だよそれは?つまり、俺よりあの車椅子の男の方が良いってことか?あんな、自分のことも自分で満足に出来ないような奴の方が良いって?」

と、生徒会長は聞きました。

…今、ちょっとムカッとしました。

「俺とアイツと、どう比べたって俺の方が良いに決まってるだろ?俺の何が気に入らないって言うんだよ!」

「強いて言うなら、そういうところです」

と、私は冷たく言いました。

自分と他人を比べて、自分の方が優れている、などと。

そんなことは、自分で判断することではありません。

それは傲慢というものです。

「私とあなたとは、相容れません。奏さんのことを悪く言うあなたは、嫌いです。嫌いな人とは一緒にいられません」

「…」

「だから、さようなら。短い間でしたが、あなたには大変重要なことを学ばせて頂きました」

と、私は言いました。

私に突き放された生徒会長は、しばし呆然として。

そして、その場にへたり込んでしまいました。

気の毒ですが、私にはもう、関係のないことです。

だから、私は生徒会長に背を向けて、立ち去ることにしました。
…そういえば、私。

あの生徒会長のお名前すら、聞いていませんでしたね。

ずっと生徒会長と呼んでいましたから。

名前を、聞こうとも思いませんでした。

彼はつまり私にとって、そういう存在だったということなのでしょう。

それでも。

彼を突き放してもなお、私の中の喪失感は消えません。

当たり前です。

この喪失感の原因は、生徒会長ではなく。

私の、大事なお友達にあるのですから。
…その日の午後には。

私が、生徒会長の交際を断ったことが、クラス中に広まっていました。

それどころか、廊下を歩いているだけで、学年の違う生徒にひそひそ言われる始末でした。

向こうは聞こえていないと思っているのでしょうが、『新世界アンドロイド』である私には、よく聞こえます。

「あ、見て。あの人でしょ?生徒会長をフッたって…」

「そうそう、私見たよ。玄関口で。生徒会長に酷いこと言っててさぁ…」

「有り得ないよね。生徒会長に告白されたっていうのに…何様のつもり?」

と、女子生徒を中心に、彼女達は私を誹謗中傷していました。

何様と言われても、私はただの『新世界アンドロイド』、久露花瑠璃華でしかありません。

どうやら、あの生徒会長は、元々学校中の女子生徒の、憧れの的だったようですね。

女子生徒からの当たりが、特に強い傾向があるので。

クラスの女子生徒も、私を総スカンです。

いっそ清々しいですが、そのような誹謗中傷には、私は全く興味がありません。

どうでも良いことです。

私が今関心があるのは、一つだけですから。
しかし問題は、私が彼に接近禁止命令を受けていることです。

つまり、私の方から話しかけることが出来ないのです。

さてどうしましょうか。

話しかけることが出来ないのなら、文通でもしましょうか。

それとも糸電話なら受けてくれるでしょうか、と考案し。

とりあえず、今日の放課後にでも、紙コップと糸を買ってこようと思っていました。

そんなときでした。

「…瑠璃華さん!」

と、奏さんは私を呼びました。

まさか、向こうから話しかけてくれるとは。

それは予想外でした。

しかし。

「…」

と、私は無言でさささ、と後ずさりました。

「…何やってるの?」

「いえ、私は奏さんから、接近禁止命令を受けていますので…。近寄ることが出来ないんです」

と、私は言いました。

「…」

と、奏さんは呆気に取られていました。

しかし、大丈夫です。

「ご安心ください。色々手段を考案した結果、この後、紙コップと糸を購入しに出かけてきますので。糸電話なら、接近せずともお喋り出来ますよ」

「…色々手段を考えて、何で最終的に採用したのが糸電話なの…?」

と、奏さんは尋ねました。

「え?それは、やはり文通だと読み書きに時間がかかりますし、会話形式の方が連絡を取りやすいと…」

「って、そんなことは良いから!瑠璃華さん、どうしてあんなことしたの?」

と、奏さんは聞きました。

ぐいっと、前のめりに。

「そんなことあんなことと言われましても…。あ、ちょっと待ってください。今奏さんが数歩前に出たので、私も数歩後ろに…」

「あぁもう!接近禁止命令はもう良いから!取り消し!なかったことにして!」

と、奏さんは言いました。

え?接近禁止命令解除ですか?

「良いんですか?たった一日で命令を解除して」

「良いよ…。だって…近寄らなきゃ喋れないじゃん…」

と、奏さんは言いました。

これは僥倖です。

なんと、紙コップで糸電話を用意するまでもなく。

発令者である奏さんから、接近禁止命令の解除が言い渡されるとは。

これで、近寄って話すことが出来ますね。
では、改めて。

「およそ二日ぶりなのに、何だかとても懐かしい気がしますね」

「…そうだね」

「この二日、元気でしたか?何か良いことありました?」

「いや、そうでも…って、今はそんなこと話してる場合じゃないから」

と、奏さんは言いました。

まずは雑談から、と思ったのですが。

この二日間で出来たであろうわだかまりは、他愛ない雑談も許してはくれないようです。

世知辛いですね。

「どうしたんですか、奏さん」

「どうしたんですかはこっちの台詞だよ。何で、生徒会長と別れたの?」

と、奏さんは聞きました。

まるで、信じられないものでも見るかのような目で。

…そんなに意外ですか?

「奏さんも、同じように思ってるのですか。他のクラスメイト達と同じように、あの生徒会長との交際を断った、生意気な女だと」

「え?いや…そうじゃないけど…」

「私が生徒会長との交際を断ったのは、彼と一緒にいたくないと、『私が』思ったからです。彼から学ぶべき感情は何もないと」

「…!」

「そして厚かましくとも、願わくばまた奏さんと、親友に戻りたいと…『私は』思いました。だから生徒会長は断ったのです。彼の恋人になるより、あなたのお友達でいる方が良いと」

と、私は言いました。

更に。

「だから奏さん、これからも私の親友でいてくれませんか」

と、私は一番言いたかったことを言いました。

嫌だ無理です、と言われたら、少々…いえ。

かなり困りますが。

そのときは、手を変え品を変え、請願を続けることにしましょう。

とりあえず、今年までに親友に戻れたら、それで満足ですね。

すると。

「な、何それ…。つまり瑠璃華さんは、俺と一緒にいる為に、生徒会長の彼女になるのを諦めたってこと?」

と、奏さんは震える声で聞きました。

「前半は合ってますが、後半は違いますね。別に私は、生徒会長の恋人になることを諦めた訳ではありません。元々私は、彼に好意など欠片も持っていませんから」

と、私は答えました。

「そもそも、私にとって彼は初対面で、実は名前も知らない相手でした。そんな人間と、恋人になりたいとは思いません」

「じ、じゃあ何で一度はOKしたの?」

「それは、『人間交流プログラム』において、人間の感情を理解する為に、恋人がいた方が効率的ではないか、と判断したからです」

「…な、何それ」

と、奏さんは言いました。
「それはつまり、生徒会長からは学べるものが何もないから切り捨てて、俺の方が学べることが多いって思ったから?俺は何?瑠璃華さんにとって、便利な研究材料みたいなもの?」

と、奏さんは聞きました。

「いいえ。奏さんは、私のお友達です。親友です」

「…意味が分からないよ…」

と、奏さんは言いました。

意味が分からない。

つまり、理解不能ということですね。

分かります、その気持ち。

「私も、そうなんです」

「…え…?」

「私も分からないんです。確かに奏さんは、私にとって便利な研究材料…だったはずなのです。でも今私は、あなたを研究材料だとは思えない。あなたを私の友人だと言いたいのです」

と、私は言いました。

そして同時に、私は私の胸を押さえました。

「奏さんに突き放された二日前から、ずっとこの胸の中から、喪失感が消えないんです」

と、私は言いました。

以前、友人だと思っていた、湯野さんと悪癖お友達一行に、冷たくそっぽを向かれたとき。
 
あのときは、何とも思いませんでした。

彼女達が駄目なら、他の人と友達になれば良い。

すんなりと、あっさりと、そう思えました。

今思えば、それは私が湯野さんと悪癖お友達一行のことを、単なる研究材料としか見ていなかったからなのだと思います。

でも、今は違います。

「生徒会長といると、もう奏さんに近寄っちゃいけない。そう言われたときから、胸の中に喪失感が消えません。とても締め付けられるようで、苦しいです。私はこの感情の名前が、分からないんです」

と、私は言いました。

同時に私はその場にしゃがんで、奏さんと真っ直ぐに視線を合わせました。




「教えてください、奏さん。私はあなたに教えて欲しいんです。この感情が何なのか。人間の感情はどんなものなのか…。これまでも、これからも、私はあなたに教えて欲しいです」




…と、私は言いました。

これが、私の出した結論です。

例え、正しくなくても。正しい選択でなくても。

「私は」、この道を選んだのです。

誰に命じられた訳でもなく、ただ自らの意志で。
「…瑠璃華さん…」

「駄目でしょうか?奏さんにとっては、迷惑でしょうか」

と、私は聞きました。

もし迷惑なのだとしたら…。

私は、きっと…とても、今よりも、深い喪失感に襲われると思います。

想像でしかありませんが、そんな気がするのです。
 
すると。

「…俺もなんだよ」

と、奏さんは言いました。

瞳に、水滴を溜めて。

「俺も同じ。瑠璃華さんを突き放したときからずっと、瑠璃華さんと同じ喪失感を抱えてる。胸にぽっかり穴が空いたような…苦しい気持ち…」 

「…そうなんですか」

と、私は言いました。

では私達、お揃いなんですね。

もし奏さんも、この喪失感の正体が分からないのであれば。

二人仲良く、首を傾げなければならないところです。

しかし。

「そっか、瑠璃華さんも同じ気持ちだったんだ…」

「…奏さんは、この気持ちの名前を知っていますか?この感情の正体…」

「知ってるよ。誰よりよく知ってる」

と、奏さんは言いました。

それは朗報です。

「良かったら、教えて頂けませんか」

と、私は言いました。

それを教えてもらえたなら、私はまた一歩、人間の感情を学習することになります。

「そうだね…教えてあげるよ。俺は…瑠璃華さんの、親友だからね」

と、奏さんは言いました。

「これは、『寂しい』って言うんだ。『寂しい』って感情なんだよ、瑠璃華さん」

「…寂しい…」

と、私は奏さんの言葉を反芻しました。  

その感情の名前を呟いた瞬間。

頭の中にかかっていたモヤが、いきなり、一瞬で晴れたように。

消えてなくなってしまいました。

「そうですか…。これが寂しいって感情なんですね」 

「そうだよ…。俺も、瑠璃華さんも、寂しいと思ってたんだ」

と、奏さんは言いました。

そうですか。

私は、ずっと寂しいと思ってたんですね。

奏さんと会えなくて、話せなくて、寂しいと。

成程、納得しました。 

また一つ、賢くなりましたね。

「あなたはいつも、私の知らない感情を教えてくれますね」

「それはこっちの台詞だよ…。こっちこそ、瑠璃華さんといると、色んな世界が見える。世界が広く見えるよ」

「奇遇ですね。私も同じことを考えていました」

と、私は言いました。

知ってますよ。この現象を何と言うのか。

以心伝心、という奴です。

「…ですから」

と、私は言いました。

「これからも、あなたの隣で、あなたに色んな感情を、教えてもらっては駄目でしょうか。私は、他の誰でもない、奏さんに教えて欲しいんです」

「…俺が教えられることなんて、ほんの少しだけだよ。何せ、俺の世界は狭いからね」

「その世界が知りたいんです。奏さんの見ている世界の景色を、私の見ている世界の景色にしたい」

と、私は言いました。

だってそれって、きっととても素敵だと思いませんか?

ないはずの心が、わくわくするような気持ちになりませんか。
「…」

「…」 

と、お互いしばらく無言で見つめ合い。

この無言の応酬はいつまで続くのだろうと、考えていたそのとき。

「…はー…」

と、奏さんは根負けしたように言いました。

無言の応酬は、私の勝利のようですね。

「敵わないなぁ…。瑠璃華さんには…相変わらず…」

と、奏さんは苦笑いをしながら言いました。

笑ってますね。

久し振りに、奏さんの笑顔を見た気がします。

たった二日ぶりなのに。

「ちなみにそれ、俺が駄目って言ったら、どうなるの?」

と、奏さんは聞きました。

えっ。

駄目って言われるんですか?その前振りですか。

しかし、そうですね。駄目だと言われる可能性も、ない訳ではありません。

だとしたら…。

「毎日聞きます。うんと言ってくれる日まで。駄目と言われた日でも、その翌日になれば、また気が変わっている可能性がありますから」

と、私は言いました。

人間は、よく気が変わる生き物ですから。

久露花局長も、昨日チョコレートケーキを食べたのに、

翌日、「あぁ、昨日じゃなくて今日食べとけば良かったー!」などと言ってることが、よくありますし。

「じゃあそれって、俺がはいって言うまで、エンドレスで瑠璃華さんに誘われ続けれるってこと?」

「そうですね。そうなりますね」

「…俺、それ逃げ場ないじゃん…」

と、奏さんは言いました。

「相手の退路を断ち、確実に仕留めるのが狩りのコツです」

「そうか…俺は狩りの獲物なのか…。手強いハンターだなぁ」

「ありがとうございます。そして、一つ助言しておきます」

「何?」

「どうせ逃げ場がないなら、この場で潔く投降し、はいと言っておくのが賢明ではないかと思います」

と、私は言いました。

私は、奏さんがはい、お友達に戻りますと言うまで、毎日追いかけ回すつもりです。

それは正しいことではないのでしょうが、でも。

よく考えたら、碧衣さんも似たようなことしてますし。

特に気にしなくて良いでしょう。

しかし、追いかけ回される奏さんは、きっと苦労されるでしょうから。

今ここで潔く、降伏条約を締結しておくことを、強くおすすめします。

私も、毎日追いかけ回す手間が省けますし。

それに、奏さんがうんと言ってくれるまで、毎日この、寂しいという感情に苛まれ続けるのかと思うと。

それは嫌です。

だから、降伏条約を結ぶことを勧めた次第です。

すると。

「…ふふっ」

と、奏さんは吹き出して笑いました。