アンドロイド・ニューワールド

奏さんと二人で、『見聞広がるワールド 爬虫類の館』を訪れた、その翌週。



「奏さん、週末にお出かけしましょう」

「…また?」

と、奏さんは言いました。






「一応聞いておくけど、それは…また、本の影響?」

「はい」

と、私は答えました。

よく分かりましたね、奏さん。

名探偵ですか?

「またあの…『猿でも分かる!友達の作り方』?」

「いいえ、その本ではありません」

「えっ」

と、奏さんは意外そうに言いました。

「前回その本で試して、クラスメイトに拒否されたので、別の本を参考にすることにしました」

「お、おぉ…。凄い。瑠璃華さんとは思えない成長だ」

と、奏さんは言いました。

奏さん。それはどういう意味なんでしょうか。

「今度はどんな本?」

「『猿でも分かる!親友の作り方』です」

「…やっぱりそのシリーズなのか…」

と、奏さんはガクッとして言いました。

何か問題があるのでしょうか。

良い本だと思うのですが。

「しかも、友達に続いて、親友編まであるとは…」

「ちなみに同じシリーズで、『知り合いの作り方』っていう本も出版されていますよ」

「知り合い…。守備範囲狭っ…」

と、奏さんは言いました。

良い本だと思うのですが。

「…ちなみに瑠璃華さん。つかぬことを聞くけど」

「はい、何ですか?」

「そのシリーズ、『恋人の作り方』って本は出版されてないの?」

と、奏さんは聞きました。

唐突に、一体何の話でしょうか。

でも、友達の質問なので、ちゃんと答えます。

「勿論ありますよ」

と、私は言いました。

あの『猿でも分かる』シリーズは、時代と次元を越えて、多種多様な分野について出版されていますからね。

何でもあると言っても過言ではありません。

「そっか…。出来れば、そっちを読んで欲しかったな…」

「はい?」

「あ、いや何でもない。それより瑠璃華さん」

「はい」

「何で友達じゃなくて、今度は親友にしたの?」

と、奏さんは聞きました。

とても良い質問です。
「私は以前、友達作りをしようとして、前回の本を参考にトライしてみましたが」

「うん」

「見事に相手にされず、結局奏さんと交友を深めることになりました。それはそれで良かったのですが」

「うん、俺も良かった」

と、奏さんは言いました。

「そして、奏さんとお出かけすることを久露花局長と話し合ったとき、この際新規のお友達を増やすより、今いるお友達、つまり奏さんとの仲をもっと深めて…」

「うん」

「親友になったら良いのではないか、と判断しました」

と、私は言いました。

素晴らしい発想の転換だと、私は思います。

しかし。

「…俺は、あくまで友達ポジションなのか…」

と、奏さんは何故か、落胆したように言いました。

何故落ち込むのでしょう。

「奏さんは、私と親友は嫌ですか?」

「え?いや、別にそういう訳じゃないんだけど…。うん、よし。もっと長い目で見よう…。大丈夫。親友、俺もなりたいよ」

と、奏さんは言いました。

奏さんも賛成してくれました。良かったです。

「そこで私は、前述の『猿でも分かる!親友の作り方』を読みました」

「そうなんだ。それに何が書いてあったの?」

「週末に、一緒にお出かけすれば良いそうです」

「…」

と、何故か奏さんは無言でした。

「何かおかしなことを言いましたか?」

「…俺の記憶が間違ってなかったら、その本、確か『友達の作り方』のときも、同じこと書いてなかった?」

「書いてましたね」

「使い回してない?」

「さぁ。人間の交友関係は難しいですから、私にはよく分かりません。とにかく、本に書いてあることを実践するのみです」

「…多分それ、知り合い編でも恋人編で、同じこと書いてるよ…」

と、奏さんは小さく呟いていましたが。

それよりも。

「そんな訳で私は、また奏さんと週末にお出かけしたいと思います」

「うん」

「奏さんに異論はありませんか?」

「ないよ。瑠璃華さんの誘いなら、何でもOKだよ」

と、奏さんは言いました。

有り難いお言葉を頂戴しました。

奏さんの心は寛大ですね。

私に心はないので、広いのか狭いのか分かりませんが。

「今週末でも宜しいでしょうか?」

「良いよ。いつも暇してるから、俺」

「そうなんですか」

と、私は言いました。

実は、私も週末は特にやることがありません。

家にいても、お隣の夫婦喧嘩を聞かされるだけなので、よく外に出て人間観察をしています。

「何処に行くかは、もう決めてるの?」

と、奏さんはまたしても、とても良いことを聞いてくれました。
よくぞ聞いてくれました。

「もし、まだ決まってないんだったら、今度はゆうえん、」

「水族館に行こうと思います」

「…決まってたんだ」

と、奏さんは言いました。

私が答える前に、奏さん、何か言いかけてましたが。

ゆうえん、とは何のことでしょう。聞いたことがありませんね。

とにかく、今回私は、前回のように悩む必要がないよう。

ちゃんと、行き先を決めてから誘いました。

これも大きな進歩です。

「奏さんは嫌ですか?」

と、私は尋ねました。

もし奏さんに異論があるなら、考え直しますが。

大事なのは週末に一緒に出かけることであって、行き先は何処でも構いません。

「ううん、別に嫌じゃないよ」

と、奏さんは答えました。

それは良かったです。

「では、水族館に決まりですね」

「うん。場所は何処にあるの?何処の水族館?」

と、奏さんは聞きました。

奏さんは移動するのに注意が必要なので、勿論、その点は配慮しています。

「移動は、前回と同じく電車を使うつもりです。もっとも、今回は別方向の電車ですが」

「そう」

「建物の中も完全バリアフリーで、奏さんでも問題なく移動可能です」

「分かった。ありがとう」

と、奏さんは言いました。

例には及びません。

「それにしても、水族館か〜…。前回のがインパクト強過ぎて、次は何が来るのか戦々恐々としてたけど…。水族館なら安心だよ」

と、奏さんはしみじみとして言いました。

何が安心なんですか?

「瑠璃華さんも、ちゃんと普通の人っぽいところがあったんだね…」

と、奏さんは更にしみじみとして言いました。

…何だか、間接的に悪口を言われているような気がします。

きっと気のせいでしょう。

とにかく。

「では今週末は、某市にある『見聞広がるワールド 深海魚水族館』に行くということで」

「はい待った。はいおかしい。はいフラグ回収来た」

と、奏さんは三回、はいと言いました。
はいを三回も言われてしまいました。

「どうかしましたか?」

「ごめんね、瑠璃華さん。行き先の正式名称、もう一回言ってもらって良い?」 

と、奏さんは言いました。

あぁ、よく聞き取れなかったのですね。

ならばもう一度言いましょう。

「『見聞広がるワールド 深海魚水族館』です」

「そうか…。聞き間違いじゃなかったか…。そうなのか…」

と、奏さんはブツブツ呟いていました。

「やっぱり瑠璃華さんは瑠璃華さんだったか…」

と、奏さんはなおもブツブツ呟いていました。

私は私ですよ。当然です。 

「って言うか、その施設って、そんなチェーン店みたいに展開してたんだ…。うちの県内に…。知らなかった…」

と、奏さんはまだまだブツブツ呟いていました。

「…駄目なんですか?」

と、私は尋ねました。

奏さんがあまりにブツブツ呟くので、乗り気ではないのかと思ったのです。

しかし。

「いや、大丈夫…。一回約束したことだし。今更撤回はしないよ」

と、奏さんは言いました。

男に二言はない、という奴ですね。

男でも女でも、二言三言あっても良いと思うのですが。

「それに、瑠璃華さんがちゃんと瑠璃華さんで、むしろ安心した…」

と、奏さんはポツリと呟きました。

遠い目で。

理解不能な行為ですが、とにかく承諾を得られたようなので良かったです。
そして。

いざ、迎えた週末。





「おはようございます、奏さん。今日はよく晴れて、素晴らしい深海魚日和ですね」

「おはよう瑠璃華さん。早速だけど、深海魚日和って何?」

と、奏さんは聞きました。

晴れていれば深海魚日和だと思ったのですが、奏さんの中の常識とは違うのでしょうか。

仕方ありませんね。常識というのは正義と同じで、人の数だけあるものです。

「それで、瑠璃華さん」

「はい、何でしょう」

「今日は、ちゃんと一晩駅に泊まってないよね?」

と、奏さんは、かなり真剣な顔で聞きました。

…それって、そんなに大事なことですか?
先日、今日の約束をしたとき。

奏さんは、やけに私に強く念押ししてきました。

「駅で一晩明かしちゃ駄目だよ。良い?待ち合わせ場所っていうのは、早くても30分前、精々10分前に着けば、それで充分なんだから。何ならちょっと遅れても良いんだから、絶対一晩待ったりしちゃ駄目だよ。分かった?噂になってるんだからね、『○○駅には、恋人に捨てられて自殺した若い女性の幽霊が、未だに恋人を駅で待ち続けてる』って。分かった?そんなに早く待ってなくて良いんだから」と。

ここまで奏さんに言われれば、私も言うことを聞かざるを得ません。

その幽霊って、私のことですか?

色んな尾ひれがついているようですが、私は幽霊ではありません。

そして、幽霊を見たこともありません。

非現実的な存在です。

しかし、否定はしません。

見たことも会ったこともない存在を、勝手に否定する理由はありませんから。

さて、話を戻しますが。

「大丈夫ですよ、今日は」

「本当に?」

「はい。ちゃんと、日付が変わってから来ました」

「…」

と、何故か奏さんは無言になりました。

何故黙るのでしょう。

「…それってつまり、午前0時を過ぎた頃に来た、ってこと?」

「そうですね」

と、私は答えました。

正確に言うと、午前0時2分26秒に到着しました。

私の体内時計、ならぬ脳内時計は、いつだって正確ですから。

それなのに。

「違う。そういうことじゃない」

と、奏さんは言いました。

理解不能です。

「結局夜明かしてるじゃん!」

「でも、日付が変わった時点で今日の出来事なのですから、そこまで気にする必要は」

「気にするよ!瑠璃華さんがいくらそんなに早く待ってたって、俺は深夜に待ち合わせ場所に行く習慣はないよ?」

と、奏さんは言いました。

そうだったんですね。

「それは知りませんでした」

「知っておいて欲しかったよ。常識的に」

「分かりました。では今度から奏さんとお出かけするときは、太陽が昇る頃に来ることにします」

「かなりマシになったけど、それでも早い」

と、奏さんは言いました。

それから、また二人で電車に乗り。

ゴトゴトと揺られながら、目的地の駅まで向かい。

『見聞広がるワールド 深海魚水族館』に着くまで、ずっと。

「夜から待ってなくて良い。待ち合わせ時間の、精々10分前に辿り着くように家を出れば良い。そもそもそんな時間に電車は動いてないし、施設だって開いてない」

と、奏さんにこんこんと説教されました。

更に、

「若い女性がそんな夜中に外にいたら、物騒でしょ。悪い人達に襲われたりでもしたら、どうするの?」

と、奏さんに聞かれたので。

「そのときは戦います」

と、私は答えました。

すると。

「…うん。勝てそうではある。でもやっぱり危ないから、夜から待ってなくて良い」

と、奏さんは真顔で言いました。

奏さんは心配性ですね。
ともかく。

無事、到着したので。

それでは、中に入りましょうか。

「腕が鳴りますね奏さん。一体海底には、どんな魑魅魍魎が蠢いているのか…」

「う、うん…。興味があるのは良いことだと思うけど、腕を鳴らす必要はないと思うよ」

と、奏さんは言いました。

なんとも弱気な発言です。

「いえ、魚と言えども、相手は海底奥深くに潜む猛者達。油断してはなりません」

「あのさ、瑠璃華さん…。爬虫類のときもそうだったけど、何で戦う前提なの…?水族館って、闘技場じゃなくて、ただ鑑賞する為の、」

「もし万が一水槽が割れて、奴らの牙がこちらに向くようなことがあったら、戦う運命になるかもしれません。油断大敵です。万全の準備をしておきました」

と、私は持参したボストンバッグを、地面に下ろしました。

今こそ、これらの出番です。

「あっ、しまった…!また変なもの持ってきて…!時間のことばかり気にして、待ち合わせした駅で荷物検査するの忘れてた…!」

と、奏さんは言いました。

何ですか荷物検査って。

「今回の敵は、常に水の中にいることが前提です。よって、奴らと戦うとなれば、当然水中戦が予測されます」

「魚の方は良いとして、瑠璃華さんは、どうやって水中に入るつもりなの?水槽鍵かかってるよ?」

と、奏さんは言いましたが。

持ってきた装備品を披露することに夢中な私は、奏さんの言葉は耳に入っていませんでした。

正しく言うと、耳に入ってはいましたが、頭には入っていませんでした。

「従って私が持ってきたのは、まず水中において機動力を確保する為、耐水圧スーツ、シュノーケル、水中メガネ、そして小型酸素ボンベを用意しました」

「…あぁ…また変なことやっちゃってるよこの子…」

と、奏さんは天を仰いで言いました。

が、やはり私の頭には入ってきていないので。

「とはいえ、『新世界アンドロイド』は水中戦闘モードに移行すると、身体機能が耐水圧仕様になる上、更にそもそも私には酸素が必要ないので、酸素ボンベは必要ないのですが」

「じゃあ何の為に持ってきたの…?」

「私には必要なくても、奏さんには必要かと思いまして」

「心配しなくても、俺は深海魚と水中で戦闘になるようなことはしないよ」

と、奏さんは言いました。

しかし、その考えは甘いというものです。

「分かりませんよ、奏さん。人生は長いです。万が一ということもあります。もし深海魚と戦闘する機会があったとき、焦らず対処し、迅速に命を守る為の行動が出来るよう、日々備えをしておくことは大事です」

「うん。言ってることは凄く正しいんだろうけど、でも深海魚と水中戦を想定して生きてる人は、多分瑠璃華さんくらいじゃないかな」

と、奏さんは言いました。

更に。

「他にもありますよ。やはり敵と戦うには、武器が必要です。まずは前回も持ってきたサバイバルナイフ、そして今回は対深海魚ということで、スタンガンも用意しました。更には、ほら。折りたたみ式の銛も用意してきましたよ」

「…漁…?」

「さぁ、これで戦の準備は整いました。いざ出陣です奏さん。必ず、生きてこの水族館を出ましょう」

と、私は力強く言いました。
しかし。

現実はとても非情です。

「えーと…。あぁ、良かった。水族館にも、ロッカーあるんだ」

と、奏さんは言いました。

彼の視線の先には、観光客が荷物を預けておく為の、貸出ロッカーがあります。

「じゃあ、それら全部、ロッカーに預けてから行こうか」

と、奏さんは言いました。

奏さん、今あなた、何と仰いましたか?

私から、武器を没収しようと?そういう腹積もりなのですか?

それは、とても危険な考えです。

「奏さん。我々は陸上に住まう生き物です。しかし奴らは、水中から出てくることはないでしょう」

「だろうね」

「つまり戦うとなれば、必然的に私達が水の中に入らなければいけません。故に、地の利は向こうにあるのです。地ではなく水ですが」

「そうだね」

「水中戦闘ではどうしても、それ相応の準備が必要となります。今回私が持ってきたのは、その水中戦闘に適した…」

「うん分かった。じゃあ俺が預けてくるから、瑠璃華さんちょっと待ってて」
 
「!」

と、私は驚いて固まってしまいました。

その間に、奏さんはさっさと、私のボストンバッグを拾い上げ。

それを膝の上に乗せて、車椅子を片手で動かし。

ロッカールームへと、消えていきました。

…なんということでしょう。

武器防具を取り上げられてしまいました。

これで私は、危険な深海魚達と、素手で戦わなければなりません。

非常に危険、かつ不利な戦いになることは明白でしょう。

それでも、ここまで来たからには。

私は、私達は、進まなければなりません。

いざ、海底に住まう者達のもとへ。