アンドロイド・ニューワールド

借り物競争が、無事に終わり。

さて、あとはクラス対抗リレーを待つだけ、と思いながら、生徒テントに戻ろうとしていたとき。

「ごめーん、久露花さん」

と、女子生徒は言いました。

今、私に話しかけましたよね?

振り返ってみると、クラスメイトの一人です。

「何でしょうか?」

「久露花さんって、緋村と仲良かったよね?」

と、女子生徒は言いました。

緋村。

奏さんのことですね。

「はい。お友達ですからね」

「ならこの後、緋村が補欠になってる種目に、代わりに出てくれない?」

と、女子生徒は聞きました。

どういうことでしょう。

「うちのクラス、今日一人休んでて。その人が棒奪いに出る予定だったんだけど、休みでしょ?だから、補欠の緋村が出なきゃならないんだけど…」

と、女子生徒は言いました。

そういえば、奏さんは補欠選手として登録されていたんでしたね。

…棒奪い?

「緋村は出られないから、代わりに久露花さん、出てくれない?」

「奏さんは出られないのですか?その、棒奪いとやらいう種目には」

と、私は聞きました。

奏さんが車椅子だからといって、何でも除け者にするのは良くありません。

創意工夫の問題です。

それにしても棒奪い、とは。

何だか、物騒な名前の種目ですね。

先程私が出場した借り物競争は、あくまで「借り物」でした。

つまり、使い終わったら返品していた訳です。

しかし、棒奪いという名前からして、今度は借り物ではなく、完全に略奪するのでしょう?

恐ろしい種目です。

「いや、出ても役に立てないだろうし…。人が群がるから、結構危ないのよ」

と、女子生徒は言いました。

成程、やはり危険な種目なのですね。

やっていることは略奪行為なのですから、きっと醜く野蛮で、残酷な戦いが繰り広げられるのでしょう。

車椅子の奏さんでは、いくら創意工夫しても、巻き込まれて怪我をするかもしれません。

略奪ですからね。

大切なお友達を、そんな危険な目に合わせる訳にはいきません。

私が、代わりに最前線の矢面に立つとしましょう。

銃後は、奏さんに任せます。

「分かりました。私が出ましょう」

と、私は答えました。

「本当?助かる〜。他に頼める人いなくって」

「いえ、構いません。まだ死ぬつもりはありませんが、万が一ということもあります。どうか私の代わりに奏さんに、『靖国で待つ』と伝えてください」

「や、やす…?」

「頼みましたよ。大丈夫、私は生きて帰ります」

と、私は力強く宣言しました。

では、いざ出陣。
そんな訳で。

私は、棒略奪種目に出陣することになりました。

列に並んで、グラウンドに出ると。

「ふぅ、やっと落ち着いた…。さて、落ち着いたところで、今度は『カットキット』たーべよっと」

と、局長は言いました。

相変わらず、ここにいても局長と副局長の声が聞こえます。

カットキット…。これまた、局長お気に入りのチョコレート菓子ですね。

細長いウエハースに、チョコレートをまぶしたお菓子です。

何なら、カットキットをぽりぽり食べている、局長の咀嚼音まで聞こえます。

すると。

「…あれ?局長…あれ、瑠璃華さんではないですか?」

と、副局長は言いました。

しかし。

「ん〜!一仕事終えた後のカットキットは最高…」

「きょ、局長!カットキットは良いですから、グラウンドを見てください。あれは、瑠璃華さんではないですか?」

「ふぇ?」

と、局長は間抜けな声で言いました。

私の存在は、カットキットに負けたのでしょうか。

「んん…?あ、本当だ!瑠璃華ちゃんだね。何で?棒奪いに出るなんて言ってなかったのに」

と、局長は言いました。

ようやく、私の存在に気づいたようです。

「誰かの補欠なのかな?」

「分かりませんけど…。でも…瑠璃華さんが棒奪いって、大丈夫なんでしょうか?」

と、副局長は不安そうな声です。

副局長の心配はごもっともです。

略奪行為ですからね。危険なのは誰しも分かることです。

しかし、だからこそ私は。

友人を、このような危険な戦場に送り込む訳にはいかないのです。
まず、一回戦が行われました。

観察したところ、本当に棒を奪い合う競技のようですね。

グラウンドの真ん中に、7本の棒が置かれ。

いっせーの、でスタートし、その棒を両陣営が奪い合い、引っ張り合う競技のようです。

中には、棒に縋り付くように掴みかかっている生徒もいます。

一本の棒に、何人もの生徒が群がり、力ずくで互いの陣地に引き込む…。

予想通り、熾烈極まりない、危険な戦いです。

これは私も、本気を出さなければならないかもしれません。

戦場において、容赦や手加減は、自身の死を引き起こします。

ならば、最初から全力を出すべきです。

まずは、作戦を練ることから始めましょう。

略奪すべき棒は、7本。

つまり4本こちらが先取すれば、残る3本は敵チームにくれてやっても良いということです。

そして世の中には、先手必勝、という言葉があります。

しかも今回の場合、こちらが勝つには、先に4本を先取しなければなりません。

どうやら、敵陣地に入った棒には、手出しが出来ないルールのようですから。

確実に4本を先取するには、迅速な行動が必要になります。

そして、ここでもう一つ、考慮すべき点があります。

それは、各チームの棒の総獲得数です。

今回の棒奪い戦争では、各チームが第一グループ、第二グループ、第三グループに分かれて、敵チームと争います。

ちなみに、私は第二グループにいます。

一度の対決で争うのは、7本の棒の奪い合いですが。

たまに、決着がつかず、棒がどちらの陣営にも入らないまま、タイムアップを迎えてしまう場合があります。

そういうときは、ドローも有り得ます。

実際私の前、第一グループは、互いに3本ずつ奪い合い、最後の1本は、戦場に残ったまま撤退しています。

現状我々の戦況としては、引き分けの状態な訳です

更に、宣戦布告しているチームは、一つだけではないのです。

赤、青、緑、黄色の、4つのチームに分かれています。

ちなみに、私は青チームに所属しています。

戦いは総当たり戦で、そうなると決着がつかず、何処かのチームと引き分けになる可能性が浮上します。

その場合、最終的なグループの棒の総獲得数で、勝ち負けを決めることとなります。

と、ぐだぐだ長くなってしまいましたが。

とにかく、出来るだけ多くの棒を奪ったら勝ち。それだけです。

私の後に控える、第三グループの負担を少なくする為にも。

第二グループの私達が、戦況を有利なものにしなければなりません。

ましてや、第一グループは、ドローだった訳ですし。

悠長なことをしている暇はありません。

獲れるものは、獲っておかないと。

よって。

スタートを告げるホイッスルが鳴った瞬間。

私は、全力で左側の棒に向かって走り出しました。
私が、まず最初にすべきこと。

それは、この対戦を確実に勝利することです。

棒の総獲得数も大事ですが、まずは自分のグループで勝ち星を上げておかなければ。

まずは、4本を確実に先取する。

それ以上は、まず勝ちが決まってからです。

よって、私は狙われにくいであろう、敢えて端の棒に直行しました。

しかし、相手も同じことを考えていたらしく。

数人の敵兵士が、私の狙う左端の棒に、狙いを定めています。

ですが、『新世界アンドロイド』の瞬発力と脚力を、舐めてもらっては困ります。

私は、誰よりも早く棒のもとに辿り着き。

まずは、一番左の棒を奪取。

この時点で敵兵士は、まだ棒を握るどころか、ほとんど到達もしていません。

ならば、チャンスです。

『新世界アンドロイド』は、突発的な出来事に対する的確な判断力を養うよう、常々訓練されています。

今こそ、この訓練を活かすとき。

続けて私は、今しがた掴んで脇に抱えた棒の隣。

左から二番目の棒を掴みました。

二兎を追う者は一兎をも得ず、とは言いますが。

戦場の基本は、何でも取れる時に取っておくのが常。

ここは贅沢に、二兎を追わせて頂きます。

しかし。

私が2本目の棒を掴んだとき、敵兵士三人が、そうはさせじと、2本目の棒にしがみつきました。

やりますね。

豪華2本取りは許さない、ということですか。

ですが私は、有言実行のアンドロイドです。

一度掴んだ獲物を、諦めることはありません。

そして、『新世界アンドロイド』の腕力は、そこらの雑兵の比ではありません。

私は、三人の敵兵がしがみついたままの棒を、そのままずるずると引き摺って、自陣に向かって強引に走りました。

途中で、敵兵がバタバタバタ、と三人共地面に倒れていましたが。

それは気にしないことにします。

戦場ですからね。些末なことには構っていられません。

むしろ私は、これで敵兵を三人、無力化したことになります。

無事、2本取り成功です。
「あ、あぁ〜あ〜…。る、瑠璃華ちゃん、完全にやり過ぎ…」

「す、凄いですね…。あれでも、一応通常モードですよ…」

「…今度帰ってきたとき、瑠璃華ちゃんの通常モードを、もう少し制限した方が良いかな…」

と、久露花局長と朝比奈副局長は、観客席で呟いていましたが。

私の耳には、全く届いていません。

戦争中ですから。

それより、次は3本目です。

私が豪華2本取りをしている間に、他の5本は、熾烈なせめぎ合いになっていました。

5本の内1本は、ほとんど敵陣地に引っ張られかけています。

さぁ、ここは決断を迫られるところです。

あの1本を捨てて、他の4本を奪取することに注力するか。

それとも、諦めずにあの1本を追うか。

答えは簡単です。

私は、手加減をする気はありません。

つまり、1本たりとも、諦めるつもりはありません。

ようは、敵陣地に入り切る前に、こちらに引き戻せば良いのです。

味方兵士は、既に諦めたのか、その1本から離脱して、他の仲間の支援に移ろうとしていましたが。

味方が諦めようとも、私は諦めません。

私は、スライディングダッシュで、棒が敵陣地に入る前に、棒の先端を掴みました。

間に合いましたね。

敵兵士は、完全に網にかかった魚と思い込んでいたのか。

私が食らいついてきたのを見て、驚愕に目を見開いていました。

これはチャンスです。

敵の意表を突き、一時的でも、戦意を喪失させる。

ここぞとばかりに、私はぐいっ、と棒を引っ張りました。

完全に油断しきっていた敵兵は、私が引っ張った勢いに負け、バタバタと前のめりに倒れました。

一気に軽くなった棒を、私は全力ダッシュで自陣に持ち帰りました。

途中、異変に気づいた敵兵が何名か、棒を引き留めようと食らいついてきた気がしますが。

全員薙ぎ倒したので、私の勝ちです。

さて、これで、私は一人で棒を3本奪ったことになります。

更に、味方が1本奪ってくれていたようで、こちらの陣営の獲得数は4本。

既に、勝ち確という訳ですね。

しかし、戦いはまだ終わっていません。

ここからは、第三グループの負担を減らす為にも、出来るだけ多くの棒を奪取する作業に移ります。

掃討戦です。

残る3本のうち、1本は、だいぶこちら側に引き込まれていて、恐らくあれは味方が獲ってくれるでしょう。

では私は、中央付近で熾烈な奪い合いを繰り広げている、残る2本の加勢に向かうとしましょう。
まずは、目の前の1本から。

しかし、敵味方含め、ぞろぞろと兵士達が群がるあの1本を加勢しに行くのは、なかなか至難です。

敵兵しかいないのなら、容赦なく特攻出来るのですが。

さすがに、味方を犠牲にする訳にはいきませんからね。

よって。

私は、再び激戦の真っ只中に、スライディングダッシュを決め。

敵味方関係なく、足と足の間に滑り込み。

ほとんど仰向けの状態で棒を掴み、思いっきり上に引き上げました。

勿論、全力です。

その勢いで、敵兵士が何名か、空中に投げ出されました。

「うわぁぁ!」

「ぎゃぁぁ!」

と、敵兵の何名かは叫んでいました。

しかし、ここは戦場です。

兵士の断末魔は、戦場には付き物というものです。

気にする必要はありません。

私は、勢いのまま棒を自陣に引っ張りました。

何だか味方も数名引き摺ったような気もしますが、戦場では、時には味方にも被害が及ぶこともあります。

気にする必要はありません。

と、こうして私が一人で棒を強奪している間に。

中にはそんな私を見て、呆然としている味方兵士もいましたが。

手持ち無沙汰になった大半の兵士達が、我に返り、残りの棒の奪取に着手してくれました。

圧倒的な圧力によって、敵の戦意を削ぎ、味方の士気を上げる。

大変有効な作戦ですね。

お陰で、私が助太刀に入るまでもなく、最後の1本も味方側の陣地に入れることが出来ました。

完全なる勝利です。

何だか、敵味方問わず、私を見て震えているような気がしましたが。

きっと武者震いでしょう。問題ありません。

ここまで気持良く勝つと、何だか清々しいですね。

「…あれに比べたら、僕の方が良い子でしょう?局長」

「…あぁ。今初めて、お前をまともだと思った。1110番」

「え?今までは思ってなかったんですか?」

と、第2局の碧衣さんと、紺奈局長は言いました。

一体何の話かは分かりませんが、とりあえず勝利出来て良かったです。
結果。

熾烈なる棒略奪戦争は、我が青チームが勝利しました。

何名かが救護テントに直行していましたが、名誉の負傷ですね。

戦争に、犠牲は付き物ですから。

むしろ、死人が出なかったので良かったです。

被害は、最小限に収められたということで。

私は意気揚々と、奏さんの待つ生徒用テントに戻りました。

「恥ずかしながら戻って参りました」

と、私は言いました。

「お…お帰り…」

と、奏さんは言いました。

何だか青ざめた顔をしているのですが。

何か不思議なものでも見えたのでしょうか。

「私の勇姿、見ていてくれましたか?」

「う、うん…。すご…いや、凄いという言葉では表せないほど凄かったね…」

「ありがとうございます。これも、奏さんの応援のお陰です」

「そ、そっか…。あ、あの…怪我とかは…してない?」

と、奏さんは聞きました。

怪我ですか?

「?敵兵と味方に、多少の負傷者は出たようですが…。私自身は無傷ですよ?」

「う、うん…。その…。力持ちだね、瑠璃華さん…」

「ありがとうございます」

「…」

と、奏さんは無言でした。

そして、何故か遠い目をしていました。

何か気になるものでも見えたのでしょうか。

「さぁ、奏さん。あとは、クラス対抗リレーを残すだけですね」

「うっ…。そ…そうだね」

と、奏さんは言いました。

何だか歯切れが悪いですが、大丈夫でしょうか。

「さっきのを見せられたら…不安が募るよ…」

と、奏さんはポツリと呟いていました。

意味はよく分かりませんが、きっと奏さんは、本番を前にして緊張しているのでしょう。

「大丈夫です、奏さん。この『新世界アンドロイド』、久露花瑠璃華の名において、必ずあなたをゴールに導きます」

「うん、それはもう、何の心配もしてないから大丈夫…」

「それは良かったです」

「…」

と、奏さんは無言でしたが。

クラス対抗リレー、本番が待ちきれませんね。
…さて。

意気込んだのは良いですが。

残念ながら、クラス対抗リレーは、午後の最後の種目です。

それまで、私と奏さんの出番はありません。

更には、その間に昼食を挟むことになります。

そして今は、その昼食の時間です。

私と奏さんは、教室に戻って、いつも通り一緒に食事を摂取することにしました。

しかし。

「…?何だか、クラスメイトが少ないですね」

と、私は言いました。

教室内を見渡すと、いつもの定位置で昼食を摂っているはずのクラスメイトが、何名か見当たりません。

湯野さんと悪癖お友達一行も、姿が見えません。

何処に行ったのでしょう?

「あぁ、それは多分、家族と一緒にお弁当食べてるからじゃないかな」

と、奏さんは言いました。

家族と一緒に?

「どういうことですか?」

「運動会は、ほら、家族が見に来てる人も多いでしょ?だから、お昼の時間だけ、家族と一緒にお弁当を食べることが出来るんだよ」

と、奏さんは説明しました。

成程、理解しました。

観客席に家族が来ている生徒は、いつもの教室ではなく、家族と共に観客席で、一緒に食事をしているということですね。

そんな例外が許されるのですね。

「だから、瑠璃華さんも行って良いんだよ」

と、奏さんは言いました。

「はい?」

と、私は聞き返しました。

私が何処に行くと?

「家族、見に来てるんでしょう?瑠璃華さんは」

「血の繋がった家族ではありませんが、久露花局長と朝比奈副局長が来ていますね」

「だったら、その二人のところで、一緒にお弁当食べてくれば良いよ。折角来てるんだから。こんな機会は滅多にないよ」

と、奏さんは言いました。

何故か、私から少し視線を逸らして。 

「…奏さんは?奏さんは、誰か見に来てくれてるんですか?」

と、私は聞きました。

確か奏さんは、児童養護施設から通ってきてるんでしたよね。

しかし。

「来ないよ。施設の子供は多いし、職員の人達も忙しいから。高校生にもなった子供の運動会を、いちいち見に来たりしない」

「…」

「だから、瑠璃華さんだけでも、家族と一緒にお昼食べてきなよ。俺のことは気にしなくて良いから」

と、奏さんは笑って言いました。

その笑顔は、いつもの奏さんの笑顔ではないと判断しました。

無理矢理顔の筋肉を動かしているような、歪な笑顔です。

つまり、本心では笑っていないということですね。
…それは。

「…それは…寂しいという感情ですか?」

「…は?」

「本で読んだことがあります。人は一人ぼっちになると、寂しいという感情を感じるのだと。今奏さんは、寂しいのですか?」
 
「え?い、いや、そんなことはないよ。いつものことだし…」

と、奏さんは言いました。

しかし、心拍数と発汗量を、目視で測定してみたところ。

どうやら奏さんは、真実を語っている訳ではなさそうです。

「成程。分かりました」

「そ、そう?じゃあ、早く家族のところに…」

「私はここにいます」

「えっ?」

と、奏さんは驚いたように言いました。

しかし私は気にせず、購買部で買ってきた食べ物を取り出しました。

今日は、サンドイッチという食べ物を買ってみました。

直角三角形のパン2枚の間に、様々な具を詰め込んだ、不思議な食べ物ですね。

独特な形をしていて、とても印象的です。

すると。

「ちょ、ちょっと瑠璃華さん?何言ってるの?」

「?何がですか?」

「だ、だから…家族のところに」

「私は行きません。ここにいます」

と、私は言いました。

「それとも、邪魔ですか?たまには私のいない、一人昼食タイムを満喫したいですか?それなら、私は潔く去りますが…」

「い、いや、そういうことじゃなくて…」

「なら、私はここにいます。久露花局長や朝比奈副局長とは、もう何百年も一緒にいますが、奏さんと昼食を共に出来る時間は限られています。だったら、私は奏さんを優先します」

と、私は言いました。

この上ない、正当な理由ですね。

「…俺に、気を遣わなくて良いんだけど」

と、奏さんは言いました。

理解不能です。

「いつ、私があなたに気を遣いましたか?私は私の為に、奏さんと一緒にいることを選んだのです。これは私の決断です」

と、私は言いました。

誰が何と言おうと、奏さんが「どっか行け」と言わない限りは、私はここにいます。

異論は認めません。

それなのに。

「…そっか。…ありがとう、瑠璃華さん」

と、奏さんは言いました。

…私、何か感謝されるようなことをしましたか?

むしろ、私が意地を張って、奏さんを困らせているのではないかと思っているくらいなのですが。

それはともかく。

「…奏さん。ところで一つ、質問をしても良いでしょうか?」

「え、何?」

「このサンドイッチという食べ物は、見た目は画期的ですが、如何せん開け口が見つかりません。人類は、これをどうやって開けているのでしょう?」

「…瑠璃華さん。後ろ。後ろの上の方に、開け口あるから。下に引っ張って」

「後ろ?」

と、私は言いました。

同時に、背後を振り向いたのですが。

誰もいませんし、開け口も見つかりません。

「私の背後に開け口が…!?」

「…うん。そうじゃないからね。ちょっと貸してね」

と、奏さんは私の手から、サンドイッチの包みを取りました。