アンドロイド・ニューワールド

と、呑気に構えていた私達だったが。



その後、観客席がビニールシートでいっぱいになり。

いよいよ、入場門に生徒達が集まり。

瑠璃華ちゃんと、そのお友達を含む大勢の生徒達が、入場行進を始めたとき。

私は、これまで知らなかった、衝撃の事実を知ることになる。
――――――…さて。

私達生徒一同は、いざ体操着に着替えて、入場門に集まりました。

車椅子の奏さんは、制服から体操着に着替えるのに時間がかかるだろう、と思って。

仲良しの友達として、着替えを手伝いましょうと申し出たのですが。

お茶を吹き出す勢いで驚愕され、そして全力拒否されてしまいました。

遠慮しているのだろうと推測します。

もう少し仲良くなったら、遠慮もなくなり、着替えも手伝わせてもらえるかもしれません。

それはともかく。

これから私達は、入場行進なるものをして、開会式を行うそうです。

入場行進と言えば聞こえは良いですが、私達は観客席の前を、ぐるりと一周歩かされる訳です。

私達は見世物なのですから、これは体の良い、市中引き回しですね。

個人的には気は進みませんが、これが規則なのですから、仕方ありません。

行進についていくのは大変だからと、奏さんは最初、入場行進の辞退を申し出ていたのですが。

そんなもの、問題にもなりません。

なら私が押します、の一言で、奏さんも一緒に、市中引き回しに参加出来ることになりました。

「では行きましょうか、奏さん」

「うん…。ごめんね、これ押させて…」

と、奏さんは車椅子を指差して言いました。

が。

「大丈夫です。死なば諸共、という言葉もあります。友達として、仲良く一緒に、市中引き回しの刑になりましょう」

「し、市中引き回し…?」

「あ、始まりましたよ」

と、私は言いました。

私と奏さんは、クラスの一番後ろをついていきます。

遅れないよう、殿を務めさせて頂きます。
入場行進をしながら。

私は、ちらりと観客席を見て、どんな人物が来ているのかを確認しました。

成程。恐らく生徒達の親族と見られる、中年期の大人達が目立ちますね。

あれ?今、紺奈局長と碧衣さんの姿も見えたんですが。

あぁ。あの方達も来てたんですね。

『人間交流プログラム』の、経過観察の一環でしょう。

お二人共仲良くくっついて、碧衣さんの方は、何やら細長い棒のようなものを、紺奈局長の顔に押し付けていますが。

あれは何の儀式なのでしょうか。

それから、我らが第4局の久露花局長と、朝比奈副局長の姿も見えました…が。

「瑠璃華ちゃんは何処かな〜」

「あ、あれじゃないですか?ほら、車椅子押してる…」

「あ、本当だ本当だ。車椅子の子を押してあげてるんだ…ね?」

と、局長と副局長は言いました。

ここからでも、二人の会話の内容は聞こえます。

『新世界アンドロイド』の集音性能は優秀です。

ん?でも何故か先程、局長の言葉の末尾が、疑問形だったような気がするのですが。

何か気になるものでも見えたのでしょうか。

「え…。え…!?あれって女の子?じゃないよね?男の子だよね!?」

「か、髪も短いし…小柄ですけど…そ、そうですね。男の子ですね…」

「えっ!?じゃあ、瑠璃華ちゃんのお友達って、男の子だったの!?」

と、局長と副局長は言いました。

二人共、とても動揺しているように見えます。

結構な大声を出しているので、周りの観客が、不思議そうな顔をして局長と副局長を見ていますが。

局長と副局長は、そんなことにも気づいていない様子です。

一体どうしたのでしょうか。

「奏さんって言ってたから、女の子の名前かと…!」

「で、でもよく考えたら、男女共通の名前ですよね…」

「そういえばそうだ!なんてことだ。瑠璃華ちゃん、ボーイフレンドを作ってたんだね!?それは予想外過ぎた!」

と、局長と副局長は言いました。

相変わらず、声が大きいです。

それ以上に観衆がざわついているので、あまり目立ちませんが。

どうやら、奏さんの性別の話をしているようですね。

…奏さんの性別が何か、問題でもあるのでしょうか?

人間には基本的に、男性と女性の2タイプしかないのですから、確率としては二分の一では?

何故、同性だと決めつけていたのでしょう?

「ど、どうなんだろう?『新世界アンドロイド』が、ボーイフレンドを作るって…」

「わ、分かりません。前例のないことなので…」

「だ、だよね。これって何?もしかして、種族を越えての愛が発生するとか、そういうことなの!?そういうことになる可能性はあるってことだよね!?」

「お、落ち着いてください局長」

「あ!でも種族を越えた愛は、さっき碧衣君に嫌と言うほど見せられたから、それはアリなのかもしれない…。って、でも瑠璃華ちゃんはアリなの!?」

と、局長と副局長は言いました。

何やら、議論が白熱しているようですが。

大丈夫でしょうか?
「相手の子は、瑠璃華ちゃんをガールフレンドだと思ってるのかな?」

「ど、どうでしょう…。いずれにしても、瑠璃華さんには、ちゃんと言わないと通じませんから…」

「それとも、あくまで友達感覚なのかな…?最近の子って、そんなに鈍いの…?」

「瑠璃華さんは絶望的に鈍いですから、相手の男の子次第ですね…」

と、久露花局長と朝比奈副局長は言いました。

声は、だいぶひそひそ声になっていますが。

相変わらず、動揺しているようですね。

理由は分かりませんが。

二人の動揺の理由はさておき。

無事市中引き回しが終わり、開会式が始まりました。

選手宣誓という、謎の儀式と。

校長先生のお話という、謎の行事を経て。

開会式が、無事に終了しました。

開会式の後は、いよいよ各種目が始まりますね。
私が最初に出場する種目は。

借金競争じゃなくてちょっと残念だった、例の種目。

そう、借り物競争です。

実は、種目のルールがよく分かっていないのですが。

早速列に並んで、入場門からグラウンドに入場し。

先に競技を始めた生徒達の様子を見て、何となく察しました。

よーいどん、でスタートし。

箱の中にある、白いメモ用紙のようなものを、一枚取り。

そこに、借りてくる「お題」が書かれているようです。

そして、そのお題に合致したものを探して、それを「借りて」一緒にゴールする。

それが、借り物競争のルールのようですね。

成程、理解しました。

しかし、これは運の要素も含まれますね。

今のところ、「眼鏡をかけた男子生徒」とか、「髪の長い女子生徒二人」のような。

このグラウンド内にあるものが、お題になっているようですが。

運悪く、「火星」とか書いてあったらどうしましょう。

私は今すぐ宇宙航空モードに移行し、火星を借りてこなければなりません。

そうなると、ちょっと大変ですね。

そのような、厄介なお題だったら、手間がかかります。

出来れば、簡単なお題であると嬉しいのですが。

せめて月なら、大きさ的にも距離的にも手頃なんですが…。

と、思っていたら。

いざ、私の番がやって来ました。

「あっ、翠ちゃん翠ちゃん、瑠璃華ちゃんの番だよ」

「はい、そうですね」

と、局長と副局長は言いました。

私の集音性能は高いので、遠くからでも、二人の会話の内容がよく聞こえてきます。

「…瑠璃華さん、頑張れ…」

と、奏さんは言いました。

私の集音性能は高いので、生徒用テントでポツリと呟くように言った、奏さんの小さな声もよく聞こえてきます。

応援ありがとうございます。

お友達が応援してくれているなら、頑張らなければいけませんね。

スタートを告げるホイッスルが鳴り、私は走り出しました。

真っ先に、箱の中に手を突っ込んで、メモ用紙を一枚取ります。

こればかりは、運勝負。

迷っている時間が惜しいので、一番初めに手に触れたものを選びましょう。

そうして選んだ紙を、私はペラリと開いてみました。

そこに書いていたのは。
「…」

と、私は無言で、紙に記された「お題」を見つめました。

『ご年配の男性三人』と書かれています。

要するに、年寄りの男性三人を連れて、一緒にゴールせよ、という指示ですね。

火星よりは、よっぽどマシなお題だと言えます。

しかし、これはこれで難題です。

何故なら、このお題が示す「ご年配」が、具体的に何歳以上を求めているのか分からないからです。

ゴール付近には、お題と借り物が一致しているか、確認している教師がいますが。

人によって、「ご年配」の定義は違います。

あの教師が、「ご年配」という言葉を何歳以上と捉えるのか、理解不能です。

もしかしたら、三十代以上でも、充分年配だと思うかもしれませんし。

何なら、二次性徴さえ迎えていれば、もう年配扱いで良いや、と思っているのかもしれません。

あるいは、100歳以上じゃないと、年配とは認めない方かもしれません。

この広いグラウンドの中で、あの教師が認める「ご年配の男性」を、見つけられるでしょうか。

それに、三人も必要な訳ですから。

運良く一人は見つけられても、あとの二人をどうするのか、という問題が残ります。

更に言えば、ご年配の男性を見つけても、その方が私に素直に借りられてくれるかは、また別の話です。

もし、「自分は絶対に、借り物にはならん!」という固い意志を持った、頑固ジジ、いえ。

信念のある男性だった場合、説得にも時間がかかります。

その場合、説得に時間を費やすか、それとも別の該当者を探しに行くか、究極の選択を迫られることになります。

それに、見た目が男性に見えるからと、声をかけてみたら。

実は女性でした、という展開も有り得ます。

そうなると、大変失礼極まりないですね。

その場合、謝罪に要する時間も考慮に入れなければなりません。

となればやはり、間違いのないよう、また文句のつけようのない、ご年配の男性を探す必要がありますね。

と、ここまで思考に要した時間は、僅か1秒足らずです。

そして私は、答えを出しました。

このグラウンドの中には、文句のつけようのないご年配、更には確実に男性だと把握している人物が3名います。

いえ、1名はちょっと、性別不明ですが。

見た目は完全に男性なので、問題ないでしょう。

そして恐らく、私の「借り物」となることを請け負ってくれるだろうと推測します。

ならば、あとは。

行動あるのみ、です。

私は、観客席に向かって走り出しました。
その頃。

「瑠璃華ちゃん、お題何だったのかな?」

と、久露花局長は呑気に、チョコレート菓子を摘んでいました。

あれは局長お気に入りのチョコ菓子、「パイの木の実」ですね。

小さなパイ生地の中に、チョコレートが詰まっているお菓子です。

しかし、今の私にはどうでも良いことです。

「さぁ、何でしょう。学生の借り物競争ですし、そんなに難しいお題ではない、え!?」

「へ?翠ちゃんどうしたの?」

「え、ちょ、る、瑠璃華さんが、こっちに向かってはしっ、」

「ふぇ!?」

と、久露花局長は言いました。

そのときには既に、私は久露花局長の目の前に立っていました。

「ど、え、ふぇ!?ど、どうしたのるりっ…」

「申し訳ありませんが、局長。お借りします」

「えぇぇぇぇ!?ちょ、私今パイの木の実を、」

「『パイの木の実を持っている方は不可』とは書いてないので、問題ありません。ではお借りします」

「えぇぇぇぇーっ!?」

と、局長は叫び声をあげていましたが。

私は気にせず、局長を片手で担ぎました。

さて、これで一人。

「うわぁぁぁぁ!翠ちゃん助けてーっ!」

「あ、え、えぇと…」

と、局長と副局長は言いました。

が、私の耳には聞こえていませんでした。

次は。

私は局長を肩に担いだまま、観客席からは少し離れた、フェンス越しに立ち見している二人に向かって、走り出しました。

「ふぉわぁぁぁぁぁぁ!!速い速い速い!舌噛むぶべぁはぁ!」

と、局長は私の肩の上で、何やら叫びまくっていました。

何なら、周囲の観客達も、呆然と私を見ているような気がしましたが。

きっと気のせいです。

そして。

私はものの10数秒で、彼らのもとに辿り着きました。

「…な、何があった?」

「瑠璃華さんじゃないですかー。こんにちは」

と、若干動揺した様子の紺奈局長と、碧衣さんが言いました。

「失礼ですが、碧衣さん。あなたの局長をお借りさせてくれませんか」

と、私は言いました。

借り物とはいえ、やはり、持ち主に許可は取らないといけません。

え?久露花局長には許可を取らなかっただろう、って?

久露花局長は誰の所有物でもないので、許可は必要ありません。
「え、僕の紺奈局長を?それは高く付きますよ?」

「そうですか。しかし、そこを何とか」

「…自分は、1110番の所有物ではないのだが…」

と、碧衣さんと私と紺奈局長は言いました。

とりあえず、紺奈局長の主張は、横に置いておくとして。

「でも、僕も一緒に借りるなら良いですよ。局長の行くところには、僕がいるのが第2局の決まりなので」

「分かりました。どうせお題は3人なので、あなたも借りるつもりでいました」

「…1110番。第2局に、そんな規則はない」

と、碧衣さんと私と紺奈局長は言いました。

とりあえず、紺奈局長の主張は、横に置いておくとして。

更に。

「うぇっぷ…。パイの木の実が…口から出る…」

と、私の肩の上の久露花局長は言いました。

どうやら、私の高速移動についてこれず、乗り物酔いしたようですね。

ですが、久露花局長の主張も、横に置いて置くとして。

「では、お二人まとめてお借りします」

と、私は言いました。

そして、空いていたもう片方の手で、紺奈局長と碧衣さんを、同時に担ぎました。

同時に、グラウンドに戻る為に走り出しました。

「せ、1027番。自分は、借り物になるつもりは、」

「わー!快適な空の旅ですね、たまにはこういうデートも良いですね、局長!」

「…お前は、それで満足なのか?」

「うぉぇぇぇぇ!ゆっくり!もうちょっとゆっくりぃぃぃ!!」

と、紺奈局長と碧衣さんと紺奈局長と久露花局長は言いました。

が、私は特に気にすることなく、ゴールに向けて走りました。

条件を満たす三人を、両肩に担いだまま。

ただ真っ直ぐ、ゴールだけを目指していたので。

他の観客や、生徒用テントにいる生徒達の、ポカンとした顔には全く気が付きませんでした。

何なら、このとき奏さんも、口をポカンと開けてこちらを見ていたのですが。

これまた、全然気づいていませんでした。

私の目には、ゴールラインしか見えていません。

私は誰よりも早く、ゴールに辿り着く所存です。

そして。

有言実行、私は誰よりも早く、ゴールラインに辿り着きました。

あとは、この審査員代わりの教師に、借り物の条件を認めてもらうだけです。
「連れてきました」

と、私は口に挟んでいたメモ用紙を、審査員教師に渡しました。

「え、ちょ…え?」

と、何故か審査員教師は、驚愕に目を見開いて言いました。

何をしているのでしょう。

時間の無駄なので、早く判定して頂きたいです。

「急いで連れてきたので、早く判定してください」

「え、あ、はい…え、えぇと…」

と、審査員教師は言いました。

そして、戸惑いながらメモ用紙を開きました。

「ね、年配の男性三人…?」

と、審査員教師はメモ用紙を見ながら言いました。

何故疑問形なのですか。
 
「おえっぷ…。ね、年配の男性って…。そ、そんなお題だったの…?」

と、久露花局長は聞きました。

はい。

「二人…はギリギリ当て嵌まる…として、その…もう一人は、明らかに年配ではないように…見えるんですが…」

と、審査員教師は呟きました。

多分、碧衣さんのことですね。

しかし。

「あぁ、そんなお題だったんですね!だったら大丈夫です。僕はこう見えて400歳越えてるし、局長は更に歳上なので!僕歳上が好み、って言うか局長が好みなんですよね〜えへへ」

と、碧衣さんはフォローを入れてくれました。

余計な情報も追加されていましたが、それは横に置いておくとして。

「性別は怪しいですが、一応僕、今は男子生徒として学校に通ってるので、男性にカウントしても良いんじゃないですか?」

「そういう訳ですので、判定をお願いします」

と、碧衣さんと私は言いました。

「え、えぇと…」

と、審査員教師は、私と、私が担いでいる、久露花局長と碧衣さんと紺奈局長を、順番に見て。

「…お、重くないの?」

と、聞きました。

私は判定をして欲しかったのですが、何故重いかどうかを尋ねるのでしょうか。

それは、判定に関係のあることなのですか?

でも、聞かれたからには答えなければなりません。

「重くはありません。私の積載量は、通常モードでも300キログラムはあるので」

「は、はぁ…」

「ちなみに、一番軽いのは碧衣さん、一番重いのは久露花局長です」

「嫌ぁぁぁぁ!私重くない!重くないもん!酷い!」

と、局長は何やら喚いていました。

恐らく、そのチョコレートが原因でしょうね。

とりあえず、久露花局長の主張は、横に置いておくとして。

「それで、判定は?OKですか、NOですか?」

「え、えっと…お、OKです…」

と、審査員教師は言いました。

やけにタジタジの様子ですが、何か不思議なものでも見えたのでしょうか。

ともあれ。

無事OKももらったので、私は堂々と、三人を担いで、ゴールラインを一番に越えたのでした。