アンドロイド・ニューワールド

「そうですね。あの方は優秀だと、私も認めています」

「ありがとうございます」

と、1110番は言いました。

何故、あなたが礼を言うのですか?

理解不能です。

「でもあの方が優秀だと証明されたのは、僕の『人間交流プログラム』の結果だけじゃないんですよ」

「…どういう意味ですか?」

「気づいてると思いますけど、僕、先程あなたが人間と会話しているのを、盗み聞きしていました」

「…えぇ、知ってます」

と、私は答えました。

別に、何か疚しい話をしていた訳ではありませんが…。

「プライバシーを侵害されたようで、不快です。盗み聞きは遠慮願いたいですね」

「あぁ、はい済みません」

と、1110番は言いました。

謝罪の仕方が軽いですね。

これは製造番号年長者として、正しい謝罪の仕方を伝授しなければならないか、と思いましたが。

「でも、そこですよ。そういう点。物凄い進歩じゃないですか?」

と、1110番は言いました。

その言葉に驚いたお陰で、私は1110番に謝罪の仕方を伝授する、という考えが吹き飛んでしまいました。

「…そういう点とは、どういう点ですか?」

「以前の自分を思い出してみると良いですよ、瑠璃華さん」

と、1110番は言いました。

やはり1110番に人間の名で呼ばれると、不快感に襲われます。

「以前なら、自分が誰と話しているところを、誰に聞かれようと、少しも不快感は抱かなかったでしょう?」

と、1110番は言いました。

そして私は、そのとき初めて気づきました。

確かに、その通りです。

「はい。第三者に会話の内容を知られ、不快に思ったのは、今回が初めてですね」

「ほら。あなたにも、人間的な感情が芽生え始めている。盗み聞きなんてされたくない、って。凄くないですか?」

「はい。凄いことですね」

と、私は答えました。

1110番に指摘されるまで、全く気づきませんでした。

「やはり、僕の局長が考えたプログラムは完璧ですね。素晴らしいです。およそ、人間的とはかけ離れた1027番を、『瑠璃華さん』にしたんだから」

と、1110番は言いました。

うっとりとした様子です。

また局長自慢ですか。会うと必ずそれですね。

慣れてますから、特に何も思いませんが。

それよりも、私がさっきから気になっていることは。

「名前を」

「はい?」

「あなたの名前を教えてください。1110番でもなく、『アロンダイト』でもない、今のあなたの、人間としての名前を」

と、私は言いました。

私だけが「瑠璃華さん」と呼ばれるのは、何故だか不快です。

「えぇ、はい。そうですね。良いですよ、同じ『人間交流プログラム』の被験者同士、交友を深めに来たんですからね」

と、1110番は言いました。

そして。

「僕の人間としての名前は、紺奈碧衣(かんな あおい)と言います」

と。

1110番改め、紺奈碧衣は言いました。
…そんな名前だったんですね。

そういえば、彼の目は綺麗な碧色です。

「あなたも、紺奈局長と同じ苗字をもらったんですね」

「それは勿論!夢だったんですよ。紺奈局長と同じ名前で呼んでもらえるなんて」

と、碧衣さんは言いました。

それは良かったですね。

それで、もう一つ言いたいことがあるのですが。

「あなたの『人間交流プログラム』の実験結果が優秀なのは、人間の感情を理解出来ているからではなく、あなた自身が紺奈局長に喜んでもらいたくて、そのように振る舞っているだけなのでは?」

「え?そうですよ?」

「…」

と、私は思わず返す言葉を見つけられませんでした。

あまりにも、当たり前のように認めたので。

やっぱりそうだったんですね。

あなたのことだから、そうだと思いました。

「紺奈局長が考えた『人間交流プログラム』を、僕が見事に成果を出してご覧に入れる…。そうすれば、紺奈局長は喜ぶでしょう?そんな素晴らしい研究を考案した局長が、評価されるでしょう?」

「そうですね」

「だから僕は頑張るんです。より人間らしく、人間の振りをする。それが局長の喜びに繋がるなら、僕は何でもやりますよ」

と、碧衣さんは言いました。

局長の為に、全人類を殺してこいと言われたら、喜んでやりそうですね。

もとからそうですが。

「しかし、あなたがそのように考えていることは、紺奈局長も知っているのでは?」

と、私は尋ねました。

あなたの野心?魂胆?を、紺奈局長が見抜けないはずがありません。

私でも気づくくらいなのですから。

「知ってるでしょうね。でも、知ってても良いです」

「良いんですか」

「えぇ、良いんです。結果的に、局長が喜んで、そして認めてもらえるなら」

と、碧衣さんは言いました。

確かに、人格としては、あなたは歪んでいる部類に入るのかもしれませんが。

『人間交流プログラム』の効果は、しっかり現れてますね。

だってそんなあなたの考え方は、とても「人間的」ですから。

「そして、同じく『人間交流プログラム』に取り組むあなた。瑠璃華さんにも、僕は頑張って欲しいんですよ」

と、碧衣さんは言いました。

「何故ですか?」

「あなたが『人間交流プログラム』で結果を出せば、今より更に、この実験を考案した紺奈局長の評価が上がることになるでしょう?」

と、碧衣さんは言いました。

成程、理解しました。

あなたの行動原理は、いつもそれですね。

そして。

「ではあなたは、私に叱咤激励する為に、わざわざステルス機能で姿を隠してまで、盗み聞きしたってことですね」

「はい!」

と、碧衣さんは全く悪びれることなく、当然のような笑顔で言いました。

そう、笑顔で。

「同じプログラムを遂行する者同士、お互い頑張りましょうね。あなたに何の成果も出なかったら、紺奈局長の名誉に関わるので」

「…分かりました。努力しますよ」

と、私は答えました。

最早脅迫ですね。

無理です出来ません、なんて答えたら、この場で大乱闘が起きそうです。

それに。

いくら個体差があれど、同じ『新世界アンドロイド』として。

碧衣さんに出来ることが、私に出来ない理由はありません。

逆もまた然り、です。
「さて、それでは」

と、碧衣さんは言いました。

「言いたいことは言ったので、僕は自分の住処に戻りますね」

「そうですか」

「さっきも言った通り、僕はあなたの研究成果に期待しているので。何か困ったことや分からないことがあったら、聞いてくれて良いですよ」

「分かりました。聞きます」

と、私は答えました。

これは本音です。

久露花局長や、朝比奈副局長でも、分からないことはあるはずです。

そんなとき、同じ『新世界アンドロイド』同士、同じプログラムを受けている者同士、共感出来ることはあるでしょう。

そのときは、碧衣さんに頼ることにしましょう。

紺奈局長さえ絡まなければ、1110番はまともですからね。

え?まるで普段の碧衣さんが、まともではないと言いたいようだ、って?

…気のせいですよ。

「じゃ、連絡待ってますね。さようなら」

「はい、さようなら」

と、私は答えました。

すると同時に、碧衣さんは消えました。

また、ステルス機能で姿を消したのです。

…そういえば。

『人間交流プログラム』を受けている間は、常時通常モードで稼働すること、と局長に言われましたが。

つまり、ステルス機能といった、通常人間には使えない特殊機能は、使わないことになってるはずですが。

思いっきり使ってましたね。

紺奈局長も知っているはずですが、後で怒られないのでしょうか?

…それにしても。

まさか、先に『人間交流プログラム』を受けている『新世界アンドロイド』が、あの1110番だったとは。

…寄りにもよって、ですね。

どうせなら別の『新世界アンドロイド』が良かったと思うのは、これは私に人間の感情が芽生えているのか。

それとも、単に1110番の異常な紺奈局長好きが、面倒臭いと思っているだけでしょうか?
――――――1110番、『アロンダイト』改め。



紺奈碧衣さんに会った、その五日後。

中間試験の結果が、私達の手元に返ってきました。








「瑠璃華さん、瑠璃華さん」

と、奏さんは私に言いました。

片手で車椅子を動かし、片手に解答用紙の束を持って。

「どうしたんですか?」

と、私は尋ねました。

随分と、興奮した様子に見えます。

何か面白いものでも見えたのでしょうか。

「凄いよ、これ」

と、奏さんは解答用紙の束を、私に差し出しました。

良いのでしょうか。私が見ても。

先程、ホームルームのときに、解答用紙の束を返されたときは。

クラスメイト達は、こそこそと点数を隠すように持ち帰っていたので。

何か疚しいものでもあるのだろうか、と思っていたのですが。

奏さんは、普通に見せに来ましたね。

きっと彼には、何も疚しいものはないのでしょう。

「手応えあったから、良いだろうとは思ってたけど。本当に、今までで一番良い点数だったよ」

と、奏さんは言いました。

とても嬉しそうな様子です。

良かったですね。

私は、奏さんに渡された解答用紙を、ぺらぺらと捲ってみました。

成程、どれも90点を越えているか、一番低い点数でも80点台後半です。

…。

「…奏さんは、これで満足なのですか?」

「え?」

「あんなに勉強会を頑張ったのに、こんな点数とは…。期末試験のときは、もっと徹底的に対策しないといけませんね」

と、私は言いました。

私としても、奏さんの成績向上の為に、かなり力を入れたつもりでしたが。

まだまだ、あの程度では足りなかったようです。

「…え、えっと…?自分では、結構良かったと思うんだけど…」

と、奏さんは困惑したように言いました。

「そうなんですか。志が低いですね」

「それは…まぁ、全教科100点も夢じゃない瑠璃華さんに比べたら、これでもまだまだかもしれないけど…」

と、奏さんは言いました。

声のトーンが下がっていますね。落ち込んでいるようです。

何だか私が悲しませたみたいで、嫌ですね。

「でも、90点でそんなに喜ぶということは、以前はきっと、二桁にも満たない点数だったのでしょう?」

「は?」

「それを思えば、とても進歩したと思います。確かに、まだ満点の一割にも満たない点数ですが、それでも着実に、前に進んでいます」

と、私は言いました。

どうでしょう。これが励ましというものです。

碧衣さんのように、上手く出来たでしょうか?

出来なかったことを責めるより、出来たことを褒める。

教育の基本ですね。

「大丈夫です。ゆっくり点数を上げていきましょう。そうですね…次の目標は、200点くらいで…」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って瑠璃華さん。何か勘違いしてる。君は何か、根本的なことを勘違いしてるよ」

「…?私が?何を勘違いしているのですか?」

と、私は尋ねました。

すると。

「…瑠璃華さん。うちの学校の試験は、全部『百点満点』で計算してるから。決して、『千点満点』じゃないから」

と、奏さんは真顔で言いました。

「…」

と、私は無言で、奏さんの顔を見つめました。

そのときの衝撃は、まさに言葉では言い表せないほどでした。
『Neo Sanctus Floralia』でも、試験や実験に対する評価は、よく行われてきましたが。

そのときの点数は、いつだって千点満点で評価されていました。

何なら小数点第二位まで、綿密に計算されていました。 

だから星屑学園での定期試験も、てっきり千点満点だと思い込んでいたのです。

そうだったんですか。

百点満点で、百点をオーバーすることはなかったんですね。

「これは大変失礼しました。私は何やら、誤解をしていたようです」

「うん…。凄い誤解だね。俺もびっくりしたよ」

「ということは、奏さんは、かなりの高得点を叩き出したのですね」

と、私は言いました。

百点満点で、全科目の平均点が90点を越えているということは。

相当、優秀な部類に入るのではないでしょうか。

あ、それとも。

「皆さん似たような点数なんですかね?誰しも90点以上取るのは当たり前、という難易度…」

「いやぁ…そんなことはないと思うけど…」

と、奏さんは言いました。

では、確認してみましょう。

私は教室内を見渡し、適当に目をつけた、複数人のクラスメイトの解答用紙を見つめました。

私の目は、自動的にズームが出来るので、半径5キロ以内なら、目の前にあるように見ることが可能です。

…ふむ、成程。

皆さん、点数がバラバラですね。

中には、奏さんのように90点くらい取っているクラスメイトもいますが。

そういう生徒は極めて稀で、多くは70点とか50点とか20点とか、割とバラバラです。

湯野さんの点数も見えてしまいましたが、彼女の平均点は、精々60点に満たないくらいですね。

クラス委員というものは、てっきり成績優秀者がなるものと思っていましたが。

そうでもないようです。

「大体、瑠璃華さんは俺より点数良いでしょ?100点取った科目もあるんじゃない?その時点でおかしいとは思わなかったの?」

と、奏さんは尋ねました。

それは大きな誤解です。

何故なら、私は。

「思いませんでした。私、全科目0点なので」

「えっ…」

と、奏さんは驚愕に目を見開きました。

今度は、奏さんが衝撃を受ける番ですね。
奏さんは、思わずポカンとしていました。

なかなかに、間の抜けた顔になっていますね。

大丈夫でしょうか。

「れ、0点…!?何で!?名前書き忘れた!?」

「いえ、名前は書きましたが…」

「じゃ、じゃあ何で…!?瑠璃華さんなら、百点満点も夢じゃないでしょ?」

「…さっきから、何を慌てているのですか?」

「そりゃ慌てもするでしょ!」

と、奏さんは言いました。

成程。

確かに、人間なら、時には慌てることもあるでしょう。

久露花局長も、今しがた食べようとしていた、高級チョコレートを床に落としたときなどは、とても慌てふためいています。

慌て過ぎて、チョコレートだけではなく、机の上のティーカップと筆記用具まで落として、床を大惨事に招いたこともあるほどです。

しかしそれを見て、私は学びました。

「奏さん。慌てても、良いことは何もありません。ここはゆっくり呼吸をして、ひとまず落ち着きましょう。はい、呼吸を合わせて。ひっひっふー」

「それ違う呼吸!あぁもう!瑠璃華さんって本当、何考えてるのか分かんない!」

と、奏さんは叫ぶように言いました。

私は、落ち着かせる為に言ったのですが。

何故か逆効果だったようです。

人間とは、難しい生き物です。

「大丈夫です、奏さん。私にも、奏さんが今何を考えているのか、分かっていませんから」

「そうでしょうね!」

と、奏さんは言いました。

これは…怒っている?のでしょうか。

何だか、奏さんの語気が荒いです。珍しいですね。

「怒りましたか?」

「え?」

「私は、大切な友達を怒らせてしまったのでしょうか?」

「え、いや…怒ってる訳ではないけど…」

と、奏さんはトーンダウン。

良かった。怒らせている訳ではないようですね。

「で、でも…何で瑠璃華さんが0点なの…?」

「?それは、一問も問題を解いていないからです」

「な、何で!?」

と、奏さんは聞きました。

またヒートアップしてますね。やはり怒っているのでしょうか。

「私は成績には頓着しないので。問題文に目を通したところ、これなら満点を取るのは可能だとは思いましたが、全科目満点を取ってしまっては、むしろ不正を疑われると言いますか、わざわざ空欄を埋めるのが面倒だったと言いますか、諸々の理由がありまして、結局…」

「…ねぇ、瑠璃華さん」

「…何でしょう?」

「どっちかと言うと、二番目の理由の方が強いんでしょ?」

「…」

と、私は無言でした。

凄いですね、奏さん。

私の考えていることが読めるとは、もしかしたら奏さんは、読心術の使い手なのかもしれません。

私には心はありませんけど。
「私が遂行している『人間交流プログラム』は、人間の感情を理解することが目的であって、試験で良い成績を収める必要がないので」

と、私は説明しました。

私の今回の中間試験の目的は、あくまで奏さんとの勉強会を通じて、友人である奏さんとの交友を深めること。

この目的は、試験前日の時点で、既に完遂されていました。

更には試験直後、碧衣さんに遭遇したあの日。

喫茶店でフレンチトーストを食べながら、お互いに更に交友を深めたので。

これでもう御の字だと思っていました。

よって、私自身の試験には、全く手出しをしなかったのですが…。

しかし。

「あぁ、もう…。瑠璃華さん…。そうなんだろうけど、でも成績だけは…。一生に関わるものでもあるんだし…。いや、これは…余計なお世話かもしれないけど…。折角頭良いのに…」

と、奏さんはブツブツと、何かを呟いていました。

何が言いたいのでしょう。

この際ですから、はっきり言ってもらって結構なのですが。

「…俺はね、瑠璃華さん」

「はい」

「瑠璃華さんと一緒に、試験で良い点取って喜びを共有したかったよ」

と、奏さんは言いました。

はっきりと。

…そうだったんですか。

「それは申し訳ありません…。先にそれを知っていれば、そのように対応したのですが…」

と、私は言いました。

奏さんがそんな風に思っていたとは。知りませんでした。

事前に知っていれば良かったのですが。後の祭りという奴ですね。

成程。私達の友情構築は、試験後、今この瞬間まで続いていたのですか。

それは気づきませんでした。

「もう、過ぎたことだから仕方ないけど…。期末。じゃあ、期末試験には、ちゃんと真面目に試験に取り組んでよ?ちゃんとやらないと、補習になっちゃうよ」

「了解しました。期末試験ですね。お友達に頼まれたからには、私も今度は、真面目に試験を解くことをお約束します」

「はい。約束してください」

と、奏さんは言いました。

「では、脳内スケジュール管理システムに、期末試験の日程を刻み込んでおきます。一秒たりとも、一瞬たりとも、決して忘れることのないように…」

「い、いや…そこまで頑張らなくても良いから…」

「いえ。友人の頼みとあらば、私は脳内の全リソースを割いて…」

と、私は言いかけましたが。

そのとき、背後から声がしました。

「ねぇ、ちょっと電波ちゃん」

と、クラスメイトは言いました。
そういえば私は、このクラスに来たとき。

電波ちゃん、というあだ名をつけてもらったんでしたね。

つまり、呼び止められたのは私です。

そしてこの声は、聞き覚えがあります。

振り向いてみると、やはり私の予測通り。

クラス委員の湯野さんが、そこに立っていました。

こうして言葉を交わすのは、久し振りですね。

先程は、勝手にあなたの中間試験の点数を見てしまい、申し訳ありませんでした。

「私に、何か用でしょうか?」

「運動会の種目。電波ちゃんは借り物競争になったから」

「…?」

と、私は首を傾げました。

いきなり、唐突に、何の話でしょう。

何のことか分からないことを、一方的に断定されてしまったのですが。

更に。

「幽霊君は、いつも通り補欠ね。棒奪いの」

と、湯野さんは、奏さんにも言いました。

奏さんは、これが何の話か理解しているのでしょうか?

すると。

「…うん」

と、奏さんは静かに頷きました。

「あと、分かってると思うけど、当日は来ないでよ?」

「…うん。分かってる」

と、奏さんは頷きました。

どうやら奏さんには、これが何の話か分かるようです。

是非とも教えて頂きたいところですが。

まずは、話を持ちかけてきた湯野さんに、直接聞いてみることにしましょう。

「湯野さん。質問しても宜しいでしょうか?」

「何?」

「今の話は、一体何のことですか?私には理解不能です」

と、私は言いました。

「…」

と、湯野さんは無言で、私を睨みました。

そんな不満顔をされても、私は分からないことを分からないと聞いているだけなので。

どうしてあげたら良いのか分かりません。

すると。

「運動会。うちの学校では、来月の頭にあるの」

と、湯野さんは言いました。

良かった。ちゃんと説明してくれました。

何だかぞんざいな言い方ですが、説明してくれているのだから、言い方なんてどうでも良いですね。

「そうなんですね」

「で、その運動会に出場する種目決め。電波ちゃんは借り物競争に出て」

「分かりました」

と、私は答えました。

運動会なら、知ってますよ。

やったことはありませんが、知識として知っています。

生徒達がそれぞれチームに分けられ、走ったり飛んだり泳いだり踊ったり回ったり、様々な種目のスポーツを行って、優勝を競う。

そんな、学校ではお馴染みの、一大イベントですね。

多くの生徒は、そんな一大イベントを楽しみにしているそうですが。

一部の生徒からは、雨でも槍でも斧でも剣でも良いから降ってくれ、と祈られるイベントでもあります。

槍が降ってきたら、それはそれで困る気がしますが。