私は今、恋をしています。
相手はこの、学級日誌に挟まれたメモ紙の持ち主です。
私はふと教卓の方を見ると、女子生徒数名に絡まれている私の初恋相手と目が合う。
咄嗟にニコッと微笑まれたので焦って顔を背ける。
そう、私の初恋相手は他クラス、他学年にも人気のある男なのだ。
私には到底届かない高嶺の花。
私はもう一度手元にあるメモ紙を見返す。
『今日は早く帰りたいので早めに学級日誌書いてください。』たったそれだけ。
丁寧な字でボールペンで書かれたそれは、名前が書いてなくてもあの人の字だとすぐに分かる。
きっとあそこで女子生徒に絡まれているのも私のせいだ。
さっさと書いて提出して早く帰らせてあげよう。
そう思い、私はようやくシャーペンを握った。
SHLが終わってからの五分間の話。
「あれ?まだ書いてたの?」
なんていきなり話しかけられるもんだから咄嗟に力が入ってシャー芯が折れてしまった。
私は「遅くてごめんね。」と謝るが、彼は気にしていないかの様な態度で「自分のペースで良いと思うよ。俺も好きなだけ付き合うよ。」なんて返される。
もしかしたら彼は私の事を好きなのかもしれないと勘違いしてしまいそうになる。
その場から離れた彼をついつい横目で追いかけてしまい、危ないと我に返り再度シャー芯を出す。
こんな陰キャの私が彼の事を目で追いかけていたなんて一軍の女子生徒にバレれば途端にいじめの標的にされてしまう。
折角あの人が守ってくれた地位なのだから、底辺カーストでも大切にしなければならない。
そんなこんなを考えながらようやく学級日誌を書き終わる。
私が悩んでいたのは最後の五行日記のところだ。毎回どうしてもここで躓いてしまう。
何を書けば良いのかも分からないし、クラスメイトが読むかもしれない、ましてや最後にあの人が見ると考えたら下手なことは書けないし、恥ずかしい事も書けない。
そうやってうじうじ考えていると、どうしても筆が進まなくなってしまうのだ。
だからと言って相方に学級日誌をやってもらうわけにはいかない。理由は簡単だ。『クラスに向けて大声を出すのが怖い』ただそれだけなのだが、それがどうしても私には出来ない。つまりは目立ちたくは無いのだ。過去に私はクラスの女子数名にいじめられていたからだ。
私は入学初日にしてなんとクラス名との女子にカツアゲされたのだ。
リーダー格の子がどうやらやばい家庭で育った子らしいというのは、その時に取り巻き達が事細かに教えてくれた。
勿論私はお金なんて持っていないので渡せないと答えたが彼女たちがそれで納得してくれるわけもなく、私は暴力を振るわれそうになった。
絶体絶命の状況で私が「顔はおばあちゃんに怒られるから顔以外で!!!」なんて吞気なことを考えている間にあの人は私と彼女たちの間に入って代わりに攻撃を受けてくれた。
彼女たちも流石にやばいと思ったのか逃げ出そうとしたが、リーダー格を捕まえてあの人が何かを言っていた。
それのおかげで事は穏便に済んでそれ以来関わってくることは無かったが、話をすることも無くなった。
うちの学校の嫌なところは三年間クラス替えが無いという事だ。気まずいまま三年間を共にしてきたその人たちが居るから私はクラスでは目立ちたくは無い。
そんな過去を振り返りながら、私は荷物をまとめて私をずっと待っていてくれた彼に声をかける。
私の呼びかけに反応した彼は意味を理解したのか、すぐに学級日誌の日記部分に目を通した。
うちのクラスは学級日誌の五行日記の部分は相方に許可を貰わないと提出出来ない事になっている。それが将来何の役に立つのか分からないが、先生は「将来その時が来たら思い出すよ。」と言っていた。
彼は「君らしくて良い分じゃない?」と言って頭を撫でてきた。
本当に勘違いしてしまいそうになる。私はこの鼓動が相手に届いていませんようにと願いながら震える声で「ありがとう」と返した。
職員室に学級日誌を置きに行った。
職員室に着くと先生は待ってましたと言わんばかりに私たちを迎えてきた。
私は二人に遅くなってしまった事を謝罪した。二人は別に気にしていない様な素振りで「今日はいつもに比べたら早いほうでしょ」と言った。
二人がハモるので私はお腹を抱えて笑った。
そんな私を優しい目で二人が見つめていてくれていたとも知らずに。
一通りの要件を済まして私たちは職員室を後にした。
帰り道、私は彼に「今日用事あるって言ってたけど本当に大丈夫だった?」と聞いた。
彼は少し私を見た後に「いとこの結婚祝いをする予定だったけど、あいつまだ帰ってこないっぽいし俺は怒られないからセーフ!」なんて馬鹿っぽく言うので、私はその優しさに乗ることにした。
その後は特に話すこともなくいつもの十字路まで着いてしまった。
彼はいつも通り「また明日」と言って十字路を左に歩いて行ってしまったので私も自分の家に向かって歩き出した。
明日で最後かなんて考えたらまた会えるのに何だか悲しくなってしまった。きっとこれは綺麗な夕日のせいだろう。
私が信号待ちをしていると、後ろから聞きなれた声で名前を呼ばれた。
後ろを振り返るとそこにはやはり彼が居た。
「そんなに急いでどうしたの?」と、問うと彼は「買い物付き合ってくれ」と答えた。
私は意味が分からなかったが、こんなに必死に追いかけてきてくれたのだから相当困っていると思い付き合うことにした。
近くのショッピングモールに入り、私たちは目的の物を探すことにした。
私が「いとこさんはどんなのが好きなの?」
と聞くと彼は頭を抱えてしまった。
私も結婚祝いなんて買ったこと無いから皆目見当がつかない。
取り敢えず適当に色んなお店を回ってみることにした。
洋服屋さんでお揃いのパジャマを見たり、ジュエリーショップでお揃いのアクセサリーを見たり、雑貨屋さんで意味の分からない置物を見たり、人の買い物なのにとても楽しい時間が流れた。これが自分たちの買い物ならまるで、カップルのデートの様だ。
…………デート!?!?そんな考えに至った私は恥ずかしくて顔に籠った熱を発散させるために顔を大きく振った。
その瞬間視界に入ったコップに目を奪われた。
あの人が使っている筆箱と同じ柄のペアカップ。まさしく好きそうだ。これをあの人にプレゼントするのはありだろうか?と悩んでいたら後ろからいきなり声をかけられて心臓が飛び出そうになる。
彼が無邪気に「何見てるの?」と聞いてくるものだから、私も素直に「ペアのコップ。」と答えてしまった。
彼は私が見ていたコップと同じ物を手に取り見回していた。
私は心の中でそれは選ばないでと願い続けた。プレゼントにあげたいの……と願いもむなしく彼は「これいいね!」とそれを持って足早にレジい向かってしまった。
私は誰が見ても分かりやすいくらいに肩を落とした。
同じものを買ってプレゼントするのは気が引けたので私は店の外で戻ってくるのを待つことにした。
数分後に彼は雑貨店から出てきた。
彼が嬉しそうに何度もありがとうって言うから落ち込んでいた気持ちも少し晴れて私の顔に少し笑顔が戻った気がした。
「じゃあ、帰ろっか」と私が歩き出すと彼は私の手を引いて「クレープ食べて帰ろうぜ?」なんて言ってきた。
私は「お祝い遅れちゃうよ?」と言ったが、「付き合ってもらったのに何も無しじゃ申し訳ないし」と言って彼は私の手を引きながらクレープ屋さんに向かった。
彼はきっと誰にでもこうなんだと心の底から思った。私の事好きなのかもしれないなんておこがましかった。
クレープを食べて今度こそ本当に私たちは家に向かって帰り始めた。
帰り道彼はまた「今日はごめんね」と謝った。私は素直に「楽しかった」と告げた。
彼は嬉しそうな顔をして、鞄から何かを取り出した。私が驚いた顔をすると彼は「実は俺も!だからお礼にくれてやる!」と言って私の返事も聞かずに走って行ってしまった。
私は渡されたキーホルダーをもう一度見る。
それは、私が雑貨屋さんで可愛いと言ったキーホルダーだった。
いつの間に……と思ったがそれよりも「俺も」という単語が嬉しくて、私は浮足立つ気持ちを抑えながら家路につく。
お風呂上り、私はベッドに寝転びながらもう一度先程のキーホルダーを見つめる。
何度見てもやはりそれは可愛かった。そして、見るたびにあの時の気持ちがそのまま復元された。
私はお礼を言ってない事を思い出し、携帯を手に取ったが彼の連絡先を知らない事に気付いた。
明日直接会った時にお礼を言えばいいやと思い、携帯を机へ戻した。
再度ベッドに寝転んだ私は、天井を見上げながら連絡先の事を考えていた。
同じ教室に居るから会えるだろうけど、人気者だから話せるかは分からない。しかも明日は行事だ。尚更あの人の周りには人が集まるだろう。話す処か近づくことも怪しいかもしれない。何とか連絡先を聞き出す方法は無いだろうか?
男女関係無しに全世代から愛されるあの人の事を考えながら私は眠りについた。
登校して一発目に思ったのは教室の騒がしさだった。
私はいつも誰よりも早く登校して教室の鍵を開けるが今日はこの時間でも既にちらほら人が居た。
皆胸元にいつの間にやら机に置かれた造花を付けていた。
そう。今日は卒業式。さようならの季節。
私も式に向けて準備をする。机に置かれた造花を襟もとに付ける。私の準備はそれだけ。
後は式が始まるまでの間本を読んで過ごすだけ。
式が始まる10分前に彼は登校してきた。
登校するや否や友達に捉まり、造花を付けられて写真を撮られていた。
そうして気づいたらそれはアイドルの撮影会みたいに列をなしていた。
そこに私の入る隙はどこにもなく、朝は諦めて帰りを狙うことにした。式が名前順じゃなくて席順だったら今回のミッションどれだけ楽だっただろうか……。そんな思いを胸に秘めながら私は静かに小説に視線を戻す。
式は終わり皆はずらずらと教室に戻ってきた。
泣いている人もいれば、けろっとしている人もいる。
彼は目元は赤いものの今は男友達と馬鹿笑いしながら将来の予定を立ててた。きっと式の間に泣いていたのだろう。
彼は一向に席に戻って来てくれないのでまた話すタイミングが見当たらなかった。
式の間もずっとその事ばかり考えていたせいで長引けば長引くほど緊張が増してきた。
先生が教室に入ると同時に彼は席に戻ってきたが、それじゃ遅すぎる。すぐに先生の話が始まり、教室内が静かになったので今私が小声でも話せばきっと目立ってしまうだろう。
早く要件を終わらせたい気持ちを押しこらえながら先生の話を聞く。
SHLも終わって皆は外で保護者と合流している中、私は一人保護者じゃない誰かを探していた。
SHLが終わってすぐにクラスメイトに連れられてしまった為にタイミングを逃してしまった。
どこを探しても見つからないので諦めて人のいない渡り廊下に腰を下ろした。
ここから見る卒業式の風景はどこか境内から見る縁日に似ていた。
私がぼーっとその風景を見ていると後ろから声をかけられた。
まさか人がいるとは思っていなかったので勢いよく飛び上がった。
私のそんな光景を見て声の主はか細く笑っていた。
その人は紛れもなく私が今一番合いたかった、私の初恋の人だった。
「先生何でここに!?」私がそう聞くと先生は頬を搔きながら「ちょっと疲れてしまってね。」と言った。
先生は隣いいかい?と言い、私が頷くのを確認すると同時に座った。
私も緊張しながら先生の隣に腰を下ろす。
絶好のチャンスだ。先生と二人きり。今なら昨日考えていた通り連絡先を聞けるかもしれない!心の中で一人興奮していたが何一つ声にはならなかった。
そんな沈黙が辛かったのか、先生が口を開いた。
「ここから見る景色、縁日みたいだね。」
私と同じ景色を見ていることに興奮が爆発して、気づけば「先生!連絡先教えてください!」と口を開いていた。
私の言葉に先生は少し驚いた顔をしてから「いいよ」と返してくれた。
私は凄く嬉しくなってとうとう気持ちを抑えておくことが出来なくなった。
「入学式の日に先生に助けられてから私ずっと、ずっと……ずっと先生が好きでした!私の初恋なんです!!!」
気持ちを言うだけ言ってから途端に答えを聞くのが怖くなった。
俯いて瞑っていた目を少しずつ開けると、驚いた顔の先生がいた。
そりゃそうだ。迷惑に決まってる。最後まで言わないつもりだったのに……先程までの興奮も一気に冷めて、今は罪悪感に押し潰されそうだった。
それでも先生はいつもの優しい口調で「嬉しい。でも、気持ちには応えられない。」と言った。
私はこぼれそうになる涙をこらえるために天を仰いだ。あぁ、卒業式日和の綺麗な空だ。
それでも先生は言葉を繋いだ「僕、婚約している相手がいるんだ。だから別に君の事が嫌いなわけじゃないんだ。君が困ってれば助けるし、食事に誘われたら行くよ。そこは分かって欲しい。」と、その言葉優しいようでとても罪深い言葉だった。
私は天を仰いだまま「諦めきれなくなっちゃいます。」とだけ言った。
先生は苦笑いを浮かべていたが、ふと何かを思い出したように「あの日、入学式の日、僕に君の居場所を教えてくれたのは彼だ。」と、私の目をしっかりと見つめながら言った。
どうすればいいのか分からずに立ち尽くしていると先生は「そして、彼を強くさせたのは君だ。彼は、あの日と同じ場所で君を待っているよ。」と付け足した。
先生の言葉を聞いて私はすぐに走り出した。
あの日と同じ校舎裏に着いたが彼の姿はどこにも無かった。
代わりに私の嫌いな声が後ろから「やっとお出ましですか?彼なら、あの子あっちにいたよって言ったら走って会いに行ったわよ」と嫌味たらしく言われた。あの日、私をいじめてきた三人だ。
私が黙ってその場を去ろうとすると、リーダーは私のワイシャツの襟を強く掴んだ。勢いよく掴まれたために造花がちぎれて地面に落ちた。私はそのまま壁に叩きつけられた。
俯いている私にお構いなしにリーダーは「なんで彼はあんたなんかに優しくするのよ。彼を好きなのは私なの!!!どうして邪魔するのよ!!!」と吐き捨てた。
私が無視を決め込んだのが分かったのか、リーダーは私を思いっきり引くと今度は地面に叩きつけた。背中がジンジンと痛むが反応したら負けだと思い無視を続けた。
私の視界の先に造花が落ちていたが、取り巻きの一人に踏まれてみじめな姿になっていた。私もきっと今、あの花の様にみじめな格好をしているんだろうなと思ったら涙が出そうになった。
リーダーはその間もただの嫉妬を永遠と人のせいにして語っていた。私は半ば呆れながら三人の暴力をひたすら耐えた。
すると突然暴力がぴたりとやみ、取り巻き達の心配の声が聞こえてきた。
私は静かに体を起こすと、入学式と同様にリーダーは木の棒を持っていた。一つ違うとすればその太さ。入学式の時より断然太いそれは私を完全に殺しに来ているのが分かった。
取り巻き達はそんなリーダーを放置して「私たち関係ないから!」と言って逃げてしまった。
私は今度は誰も助けに来てはくれないんだなという焦燥感と折れているであろう足を引きずりながら出来るだけ距離を取った。
しかし、ぼろぼろの体ではすぐに追いつかれてしまった。
リーダーは私の髪の毛を掴むと「そんな体でどこ行くつもりなのぉ?」と言いながら再度私を地面に叩きつけた。
もう無理だ。逃げられない。死を覚悟した私は静かに瞼を閉じた。
バチンッ!!! 音は響くが痛みは無かった。
代わりに暖かい何かに包み込まれた。嗅ぎなれた匂い。これ、と思った私は静かに目を開ける。そこに居たのはやはり先生だった。
そして、木の棒を受け止めていたのは彼だった。
私は驚きのあまり声が出なかったが、先生が優しく「もう大丈夫だ」と言ってくれたので安堵からか涙が止まらなくなってしまった。
それに気づいた彼も振り返って「おいおい、泣くなよ」と困った顔をしていた。
そんな状況を見てリーダーは彼に優しく「私は貴方の為を思ってやったんだよ?こんなのに付きまとわれて気持ち悪かったでしょ?」と呟いた。
彼はそんな言葉を聞いて「は?俺は、お前がいじめしないように見張っといてくれって頼まれただけだし。別に好きで相手してたわけじゃないから。」と冷たく突き放した。
その言葉を聞いたリーダーは力無くその場にうなだれた。
彼はすぐに私のところに来て先生とチェンジで私を抱えてくれた。
先生はリーダーのところに行き、「卒業はさせてあげたかったけど無理そうだね。証書は剥奪します。今を以て君は退学です。校長室に行きましょう。」と言ってそのまま構内に戻って行ってしまった。
私は先生たちを見送った後に彼に一言「ありがとう」と言った。
彼は照れくさそうにしながら「俺が絶対に守るからこれからも傍に居てくれないか?」と言った。
最初それが告白だと気づけなかった私は答えに困り、沈黙が起きた。数秒後に気付いた私は足の痛みなんて忘れて思い切り飛び起きた。
答えは勿論『友達からで。』
先生が呼んでくれた救急車の中で私は彼に「どうして戻って来てくれたのか」聞くと、彼は「先生が教えてくれた。」と言ったので、きっと渡り廊下で出くわしたんだろうなくらいにしか思っていなかったが、彼の次の一言で頭の中が真っ白になった。
「そうだ。兄ちゃんが、君に連絡先聞かれたけど教えるタイミング無かったから教えといてってさ。」
相手はこの、学級日誌に挟まれたメモ紙の持ち主です。
私はふと教卓の方を見ると、女子生徒数名に絡まれている私の初恋相手と目が合う。
咄嗟にニコッと微笑まれたので焦って顔を背ける。
そう、私の初恋相手は他クラス、他学年にも人気のある男なのだ。
私には到底届かない高嶺の花。
私はもう一度手元にあるメモ紙を見返す。
『今日は早く帰りたいので早めに学級日誌書いてください。』たったそれだけ。
丁寧な字でボールペンで書かれたそれは、名前が書いてなくてもあの人の字だとすぐに分かる。
きっとあそこで女子生徒に絡まれているのも私のせいだ。
さっさと書いて提出して早く帰らせてあげよう。
そう思い、私はようやくシャーペンを握った。
SHLが終わってからの五分間の話。
「あれ?まだ書いてたの?」
なんていきなり話しかけられるもんだから咄嗟に力が入ってシャー芯が折れてしまった。
私は「遅くてごめんね。」と謝るが、彼は気にしていないかの様な態度で「自分のペースで良いと思うよ。俺も好きなだけ付き合うよ。」なんて返される。
もしかしたら彼は私の事を好きなのかもしれないと勘違いしてしまいそうになる。
その場から離れた彼をついつい横目で追いかけてしまい、危ないと我に返り再度シャー芯を出す。
こんな陰キャの私が彼の事を目で追いかけていたなんて一軍の女子生徒にバレれば途端にいじめの標的にされてしまう。
折角あの人が守ってくれた地位なのだから、底辺カーストでも大切にしなければならない。
そんなこんなを考えながらようやく学級日誌を書き終わる。
私が悩んでいたのは最後の五行日記のところだ。毎回どうしてもここで躓いてしまう。
何を書けば良いのかも分からないし、クラスメイトが読むかもしれない、ましてや最後にあの人が見ると考えたら下手なことは書けないし、恥ずかしい事も書けない。
そうやってうじうじ考えていると、どうしても筆が進まなくなってしまうのだ。
だからと言って相方に学級日誌をやってもらうわけにはいかない。理由は簡単だ。『クラスに向けて大声を出すのが怖い』ただそれだけなのだが、それがどうしても私には出来ない。つまりは目立ちたくは無いのだ。過去に私はクラスの女子数名にいじめられていたからだ。
私は入学初日にしてなんとクラス名との女子にカツアゲされたのだ。
リーダー格の子がどうやらやばい家庭で育った子らしいというのは、その時に取り巻き達が事細かに教えてくれた。
勿論私はお金なんて持っていないので渡せないと答えたが彼女たちがそれで納得してくれるわけもなく、私は暴力を振るわれそうになった。
絶体絶命の状況で私が「顔はおばあちゃんに怒られるから顔以外で!!!」なんて吞気なことを考えている間にあの人は私と彼女たちの間に入って代わりに攻撃を受けてくれた。
彼女たちも流石にやばいと思ったのか逃げ出そうとしたが、リーダー格を捕まえてあの人が何かを言っていた。
それのおかげで事は穏便に済んでそれ以来関わってくることは無かったが、話をすることも無くなった。
うちの学校の嫌なところは三年間クラス替えが無いという事だ。気まずいまま三年間を共にしてきたその人たちが居るから私はクラスでは目立ちたくは無い。
そんな過去を振り返りながら、私は荷物をまとめて私をずっと待っていてくれた彼に声をかける。
私の呼びかけに反応した彼は意味を理解したのか、すぐに学級日誌の日記部分に目を通した。
うちのクラスは学級日誌の五行日記の部分は相方に許可を貰わないと提出出来ない事になっている。それが将来何の役に立つのか分からないが、先生は「将来その時が来たら思い出すよ。」と言っていた。
彼は「君らしくて良い分じゃない?」と言って頭を撫でてきた。
本当に勘違いしてしまいそうになる。私はこの鼓動が相手に届いていませんようにと願いながら震える声で「ありがとう」と返した。
職員室に学級日誌を置きに行った。
職員室に着くと先生は待ってましたと言わんばかりに私たちを迎えてきた。
私は二人に遅くなってしまった事を謝罪した。二人は別に気にしていない様な素振りで「今日はいつもに比べたら早いほうでしょ」と言った。
二人がハモるので私はお腹を抱えて笑った。
そんな私を優しい目で二人が見つめていてくれていたとも知らずに。
一通りの要件を済まして私たちは職員室を後にした。
帰り道、私は彼に「今日用事あるって言ってたけど本当に大丈夫だった?」と聞いた。
彼は少し私を見た後に「いとこの結婚祝いをする予定だったけど、あいつまだ帰ってこないっぽいし俺は怒られないからセーフ!」なんて馬鹿っぽく言うので、私はその優しさに乗ることにした。
その後は特に話すこともなくいつもの十字路まで着いてしまった。
彼はいつも通り「また明日」と言って十字路を左に歩いて行ってしまったので私も自分の家に向かって歩き出した。
明日で最後かなんて考えたらまた会えるのに何だか悲しくなってしまった。きっとこれは綺麗な夕日のせいだろう。
私が信号待ちをしていると、後ろから聞きなれた声で名前を呼ばれた。
後ろを振り返るとそこにはやはり彼が居た。
「そんなに急いでどうしたの?」と、問うと彼は「買い物付き合ってくれ」と答えた。
私は意味が分からなかったが、こんなに必死に追いかけてきてくれたのだから相当困っていると思い付き合うことにした。
近くのショッピングモールに入り、私たちは目的の物を探すことにした。
私が「いとこさんはどんなのが好きなの?」
と聞くと彼は頭を抱えてしまった。
私も結婚祝いなんて買ったこと無いから皆目見当がつかない。
取り敢えず適当に色んなお店を回ってみることにした。
洋服屋さんでお揃いのパジャマを見たり、ジュエリーショップでお揃いのアクセサリーを見たり、雑貨屋さんで意味の分からない置物を見たり、人の買い物なのにとても楽しい時間が流れた。これが自分たちの買い物ならまるで、カップルのデートの様だ。
…………デート!?!?そんな考えに至った私は恥ずかしくて顔に籠った熱を発散させるために顔を大きく振った。
その瞬間視界に入ったコップに目を奪われた。
あの人が使っている筆箱と同じ柄のペアカップ。まさしく好きそうだ。これをあの人にプレゼントするのはありだろうか?と悩んでいたら後ろからいきなり声をかけられて心臓が飛び出そうになる。
彼が無邪気に「何見てるの?」と聞いてくるものだから、私も素直に「ペアのコップ。」と答えてしまった。
彼は私が見ていたコップと同じ物を手に取り見回していた。
私は心の中でそれは選ばないでと願い続けた。プレゼントにあげたいの……と願いもむなしく彼は「これいいね!」とそれを持って足早にレジい向かってしまった。
私は誰が見ても分かりやすいくらいに肩を落とした。
同じものを買ってプレゼントするのは気が引けたので私は店の外で戻ってくるのを待つことにした。
数分後に彼は雑貨店から出てきた。
彼が嬉しそうに何度もありがとうって言うから落ち込んでいた気持ちも少し晴れて私の顔に少し笑顔が戻った気がした。
「じゃあ、帰ろっか」と私が歩き出すと彼は私の手を引いて「クレープ食べて帰ろうぜ?」なんて言ってきた。
私は「お祝い遅れちゃうよ?」と言ったが、「付き合ってもらったのに何も無しじゃ申し訳ないし」と言って彼は私の手を引きながらクレープ屋さんに向かった。
彼はきっと誰にでもこうなんだと心の底から思った。私の事好きなのかもしれないなんておこがましかった。
クレープを食べて今度こそ本当に私たちは家に向かって帰り始めた。
帰り道彼はまた「今日はごめんね」と謝った。私は素直に「楽しかった」と告げた。
彼は嬉しそうな顔をして、鞄から何かを取り出した。私が驚いた顔をすると彼は「実は俺も!だからお礼にくれてやる!」と言って私の返事も聞かずに走って行ってしまった。
私は渡されたキーホルダーをもう一度見る。
それは、私が雑貨屋さんで可愛いと言ったキーホルダーだった。
いつの間に……と思ったがそれよりも「俺も」という単語が嬉しくて、私は浮足立つ気持ちを抑えながら家路につく。
お風呂上り、私はベッドに寝転びながらもう一度先程のキーホルダーを見つめる。
何度見てもやはりそれは可愛かった。そして、見るたびにあの時の気持ちがそのまま復元された。
私はお礼を言ってない事を思い出し、携帯を手に取ったが彼の連絡先を知らない事に気付いた。
明日直接会った時にお礼を言えばいいやと思い、携帯を机へ戻した。
再度ベッドに寝転んだ私は、天井を見上げながら連絡先の事を考えていた。
同じ教室に居るから会えるだろうけど、人気者だから話せるかは分からない。しかも明日は行事だ。尚更あの人の周りには人が集まるだろう。話す処か近づくことも怪しいかもしれない。何とか連絡先を聞き出す方法は無いだろうか?
男女関係無しに全世代から愛されるあの人の事を考えながら私は眠りについた。
登校して一発目に思ったのは教室の騒がしさだった。
私はいつも誰よりも早く登校して教室の鍵を開けるが今日はこの時間でも既にちらほら人が居た。
皆胸元にいつの間にやら机に置かれた造花を付けていた。
そう。今日は卒業式。さようならの季節。
私も式に向けて準備をする。机に置かれた造花を襟もとに付ける。私の準備はそれだけ。
後は式が始まるまでの間本を読んで過ごすだけ。
式が始まる10分前に彼は登校してきた。
登校するや否や友達に捉まり、造花を付けられて写真を撮られていた。
そうして気づいたらそれはアイドルの撮影会みたいに列をなしていた。
そこに私の入る隙はどこにもなく、朝は諦めて帰りを狙うことにした。式が名前順じゃなくて席順だったら今回のミッションどれだけ楽だっただろうか……。そんな思いを胸に秘めながら私は静かに小説に視線を戻す。
式は終わり皆はずらずらと教室に戻ってきた。
泣いている人もいれば、けろっとしている人もいる。
彼は目元は赤いものの今は男友達と馬鹿笑いしながら将来の予定を立ててた。きっと式の間に泣いていたのだろう。
彼は一向に席に戻って来てくれないのでまた話すタイミングが見当たらなかった。
式の間もずっとその事ばかり考えていたせいで長引けば長引くほど緊張が増してきた。
先生が教室に入ると同時に彼は席に戻ってきたが、それじゃ遅すぎる。すぐに先生の話が始まり、教室内が静かになったので今私が小声でも話せばきっと目立ってしまうだろう。
早く要件を終わらせたい気持ちを押しこらえながら先生の話を聞く。
SHLも終わって皆は外で保護者と合流している中、私は一人保護者じゃない誰かを探していた。
SHLが終わってすぐにクラスメイトに連れられてしまった為にタイミングを逃してしまった。
どこを探しても見つからないので諦めて人のいない渡り廊下に腰を下ろした。
ここから見る卒業式の風景はどこか境内から見る縁日に似ていた。
私がぼーっとその風景を見ていると後ろから声をかけられた。
まさか人がいるとは思っていなかったので勢いよく飛び上がった。
私のそんな光景を見て声の主はか細く笑っていた。
その人は紛れもなく私が今一番合いたかった、私の初恋の人だった。
「先生何でここに!?」私がそう聞くと先生は頬を搔きながら「ちょっと疲れてしまってね。」と言った。
先生は隣いいかい?と言い、私が頷くのを確認すると同時に座った。
私も緊張しながら先生の隣に腰を下ろす。
絶好のチャンスだ。先生と二人きり。今なら昨日考えていた通り連絡先を聞けるかもしれない!心の中で一人興奮していたが何一つ声にはならなかった。
そんな沈黙が辛かったのか、先生が口を開いた。
「ここから見る景色、縁日みたいだね。」
私と同じ景色を見ていることに興奮が爆発して、気づけば「先生!連絡先教えてください!」と口を開いていた。
私の言葉に先生は少し驚いた顔をしてから「いいよ」と返してくれた。
私は凄く嬉しくなってとうとう気持ちを抑えておくことが出来なくなった。
「入学式の日に先生に助けられてから私ずっと、ずっと……ずっと先生が好きでした!私の初恋なんです!!!」
気持ちを言うだけ言ってから途端に答えを聞くのが怖くなった。
俯いて瞑っていた目を少しずつ開けると、驚いた顔の先生がいた。
そりゃそうだ。迷惑に決まってる。最後まで言わないつもりだったのに……先程までの興奮も一気に冷めて、今は罪悪感に押し潰されそうだった。
それでも先生はいつもの優しい口調で「嬉しい。でも、気持ちには応えられない。」と言った。
私はこぼれそうになる涙をこらえるために天を仰いだ。あぁ、卒業式日和の綺麗な空だ。
それでも先生は言葉を繋いだ「僕、婚約している相手がいるんだ。だから別に君の事が嫌いなわけじゃないんだ。君が困ってれば助けるし、食事に誘われたら行くよ。そこは分かって欲しい。」と、その言葉優しいようでとても罪深い言葉だった。
私は天を仰いだまま「諦めきれなくなっちゃいます。」とだけ言った。
先生は苦笑いを浮かべていたが、ふと何かを思い出したように「あの日、入学式の日、僕に君の居場所を教えてくれたのは彼だ。」と、私の目をしっかりと見つめながら言った。
どうすればいいのか分からずに立ち尽くしていると先生は「そして、彼を強くさせたのは君だ。彼は、あの日と同じ場所で君を待っているよ。」と付け足した。
先生の言葉を聞いて私はすぐに走り出した。
あの日と同じ校舎裏に着いたが彼の姿はどこにも無かった。
代わりに私の嫌いな声が後ろから「やっとお出ましですか?彼なら、あの子あっちにいたよって言ったら走って会いに行ったわよ」と嫌味たらしく言われた。あの日、私をいじめてきた三人だ。
私が黙ってその場を去ろうとすると、リーダーは私のワイシャツの襟を強く掴んだ。勢いよく掴まれたために造花がちぎれて地面に落ちた。私はそのまま壁に叩きつけられた。
俯いている私にお構いなしにリーダーは「なんで彼はあんたなんかに優しくするのよ。彼を好きなのは私なの!!!どうして邪魔するのよ!!!」と吐き捨てた。
私が無視を決め込んだのが分かったのか、リーダーは私を思いっきり引くと今度は地面に叩きつけた。背中がジンジンと痛むが反応したら負けだと思い無視を続けた。
私の視界の先に造花が落ちていたが、取り巻きの一人に踏まれてみじめな姿になっていた。私もきっと今、あの花の様にみじめな格好をしているんだろうなと思ったら涙が出そうになった。
リーダーはその間もただの嫉妬を永遠と人のせいにして語っていた。私は半ば呆れながら三人の暴力をひたすら耐えた。
すると突然暴力がぴたりとやみ、取り巻き達の心配の声が聞こえてきた。
私は静かに体を起こすと、入学式と同様にリーダーは木の棒を持っていた。一つ違うとすればその太さ。入学式の時より断然太いそれは私を完全に殺しに来ているのが分かった。
取り巻き達はそんなリーダーを放置して「私たち関係ないから!」と言って逃げてしまった。
私は今度は誰も助けに来てはくれないんだなという焦燥感と折れているであろう足を引きずりながら出来るだけ距離を取った。
しかし、ぼろぼろの体ではすぐに追いつかれてしまった。
リーダーは私の髪の毛を掴むと「そんな体でどこ行くつもりなのぉ?」と言いながら再度私を地面に叩きつけた。
もう無理だ。逃げられない。死を覚悟した私は静かに瞼を閉じた。
バチンッ!!! 音は響くが痛みは無かった。
代わりに暖かい何かに包み込まれた。嗅ぎなれた匂い。これ、と思った私は静かに目を開ける。そこに居たのはやはり先生だった。
そして、木の棒を受け止めていたのは彼だった。
私は驚きのあまり声が出なかったが、先生が優しく「もう大丈夫だ」と言ってくれたので安堵からか涙が止まらなくなってしまった。
それに気づいた彼も振り返って「おいおい、泣くなよ」と困った顔をしていた。
そんな状況を見てリーダーは彼に優しく「私は貴方の為を思ってやったんだよ?こんなのに付きまとわれて気持ち悪かったでしょ?」と呟いた。
彼はそんな言葉を聞いて「は?俺は、お前がいじめしないように見張っといてくれって頼まれただけだし。別に好きで相手してたわけじゃないから。」と冷たく突き放した。
その言葉を聞いたリーダーは力無くその場にうなだれた。
彼はすぐに私のところに来て先生とチェンジで私を抱えてくれた。
先生はリーダーのところに行き、「卒業はさせてあげたかったけど無理そうだね。証書は剥奪します。今を以て君は退学です。校長室に行きましょう。」と言ってそのまま構内に戻って行ってしまった。
私は先生たちを見送った後に彼に一言「ありがとう」と言った。
彼は照れくさそうにしながら「俺が絶対に守るからこれからも傍に居てくれないか?」と言った。
最初それが告白だと気づけなかった私は答えに困り、沈黙が起きた。数秒後に気付いた私は足の痛みなんて忘れて思い切り飛び起きた。
答えは勿論『友達からで。』
先生が呼んでくれた救急車の中で私は彼に「どうして戻って来てくれたのか」聞くと、彼は「先生が教えてくれた。」と言ったので、きっと渡り廊下で出くわしたんだろうなくらいにしか思っていなかったが、彼の次の一言で頭の中が真っ白になった。
「そうだ。兄ちゃんが、君に連絡先聞かれたけど教えるタイミング無かったから教えといてってさ。」