ヘンリーがそれ以上何も言わないのでジョンは視線を上げた。
「それで全部か?」

ヘンリーはうなずいた。
「彼女が大学に入学する前の情報はすっぽり抜け落ちていて、何も見つかりませんでした」

「あんたですら何も見つからないのか?」
ジョンが物思いにふけるように見つめると、ヘンリーは再びうなずいた。

「彼女の情報はわざと消されているんです」

どうやって人間一人の情報を完全に消し去ったのだろう? たとえヘンリーが世界屈指のハッカーだったとしても、何も見つからなかったはずだ。 あの女はそれほど単純ではなかったのだ。

あるいは、彼女の夫が抜け目ないのかもしれない。

だとすると、運命以外にニーナをジョンのもとに連れ戻す方法はない。

おそらく昨夜は二人の人生が交わる唯一の時間だったのだ。

上司の物思いにふけるような表情を見て、ヘンリーはジョンがニーナに本気になっているのを察した。 だから既婚だというのを知ってよほど落胆したのだろう。

他の男に先を越されたのは、たしかに残念だった。

ヘンリーが背を向けたとき、ジョンは「あいつに俺の子供を妊娠させるなよ」とぴしゃりと言い放った。

彼はどんなトラブルにも巻き込まれたくないのだ。

「この男は冷たいだけだなく、無情なのだ」
とヘンリーは考えた。

少なくとも、二人は一晩を共にしたのに、 どうしてあの女性にそんなに冷たいのだろうか?