息子が署名するかどうか、サムにはわからなかった。

でも、彼の息子はあまりにもプライドが高く傲慢で、世界中のどんな女性も自分とは釣り合わないとすら考えている節があるから、 おそらく署名してしまうはずだ。

しかし、ジョンはまだ、自分にとても美しい妻がいることを知らないのだ。

「おじさん、やらなくちゃいけないことがあるので、 もう失礼します」
ニーナは言い訳をでっち上げ、逃げるように去った。

言うまでもなく、彼女はサムがすぐに同意したことに驚いた。 しかし、また独身に戻って二千万ドルを払う必要もないと思うと、周りの空気が軽くなったようだった。

離婚すれば、本当に好きな人と付き合うこともできる。

ニーナがいなくなると、ジェイクは手元の離婚届を見て、「ご主人、本当に離婚に同意なさるんですか?」と尋ねた。

「離婚?なんの話だ?」
正直なところ、サムは不機嫌だった。

義理の娘を手に入れるのにどれだけ大変な思いをしたことか! それなのに今さら手放せるだろうか?

「では離婚届は…… ジョン様にお渡ししますか、 それともやめておきますか?」
すこし躊躇ったが、ジェイクは尋ねた

サムが離婚届を一瞥したとき、彼の目には鋭い光が宿っていた。
「どこかしまっておける場所を探しなさい。 わしは歳で物忘れがひどいからね」

何しろ、彼もそこそこいい歳だったので、物忘れは不思議ではないのだ。

「かしこまりました」
ジェイクは、サムがジョンに離婚届を渡す気などさらさらないことをすぐに理解した。

一方サムはずるそうな顔をする。

そのとき彼は、末っ子が戻ってき次第、忘れずに叱りつけようと心の中で誓った。 けれども、そのせいで帰宅途中のジョンがくしゃみをしているとは思わなかった。

「ハクション……」

突然くしゃみが出たのでジョンはびっくりした。

ヘンリーは運転しながらバックミラー越しに上司に目をやった。
「社長、大丈夫ですか? エアコンを消しましょうか?」