おぼろげな意識の中
唇を塞がれていることに気づく。
「…ん」
声を漏らせば、髪を優しく梳かれた。
二度、三度。
慈しむように愛でるように。
まぶたが重くて開かない。
ここ最近ずっと眠っている気がする。
どうしてわたしはここにいるんだっけ…
おぼつかない思考をめぐらそうとすれば
それを拒むように生温かいものがわたしの
舌に絡みついてきた。
「ん…ぅ…ぅ」
口内を隅から隅までねっとり侵されて
下腹部が疼きをはじめる。
苦しいのに…気持ちいい。
呑まれてしまいそう。
すると
ツゥ…と、甘い液体を注ぎこまれた。
口を塞がれているから吐き出す術なんかなく、大人しく飲みこむしかなくて。
「いいこですね」
唇が解放されたと同時
低い声に鼓膜を揺さぶられる。
心地のいい声音だった。
「…んぅ」
眠たくて体が鉛のようだけど
その声の主を確認したくて必死にまぶたを上げようとした。
それなのに
「起きてはいけません」
大きな手に目もとを覆われてしまった。
背にはやわらかい感触。
ベッドか布団にでも寝ているのか。
どこか鉄っぽいにおいが鼻をついた。
脳の奥底。記憶を辿ろうとしても、あるのは真っ暗な闇だけで。
自分が何者なのかも分からなかった。
「あなたは…誰ですか」
ふいに訊く。
うまく舌がまわらない。
そんなわたしをクスリと笑った気配がして。
また唇を塞がれる。
「僕が何者か、気になります?」
わたしは黙ってうなずいた。
すると男はそうですか、と答え
「では今からこの手を離します。その間きみは絶対に目を開けてはいけません。約束です。破ってしまった場合、貴女の美しい眼球を抉りとって僕が食べてしまいましょう」
どこか愉快そうに言った。
不思議と恐怖は感じない。
わたしはおかしいのだろうか。
むしろ…優しさというものを覚えるなんて。
「いいですね…朝佳(あさか)さん。
分かったのなら返事を」
「…はい」
「ふふ、いいこです」
パッと目もとの温もりが消えた。
どうしてわたしの名前を知っているの?
なんて疑問は、もう野暮だ。