「嫌いよ……とくにアンタなんて…!」
こんな時に限ってまだ強がる私。
内心、この体制に恐怖を感じてる。
抵抗しようとしても両手を抑え込まれているから無理に決まってるし……
絶体絶命
なんて言葉が今の私にピッタリだ。
「どうする?もっと優しくしてやろうか」
「はっ…?何言ってんのよ……」
優しくされたって、
べつになんとも思わない。
ただウザいとしか感じないだけ。
「俺がお前を優しくしてやるにつれて、
お前は翔の事なんてどうでもよくなるよ」
「っ!!」
コイツは何が言いたいわけ?
とりあえず、翔ちゃんの事は諦めろって言いたいの?
「意味わかんないっ!!」
ギリッと下唇を噛み締めて、
思いっきり目の前の蓮を睨みつける。
コイツの考えている事が分からない。
コイツは何がしたいの?
何をしようとしてるの?
「じゃあ分かるようにしてやろうか?
……ほら、こっち向けよ。
分からせてやるから」
抑えられていた両手が自由になり、
私の頬に蓮の両手が添えられた。
グッ、と。
目線を逸らしていた私を強引に自分の方に向かせて、
目線をバッチリ合わせる。
ヤバイ。
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!
これは本当にヤバイって!!
キュッと口を閉ざす私。
顔近いし……っ!
それになんか近づいてくる…
徐々に近づく蓮の顔。
そして何かを察知した私は、
何度も何度も蓮の胸板を押す。
けど、全くの効果無し。
「やっ、ほんと、ストップ!!」
叫ぶがそれに聞く耳も持たない蓮。
ヒィッ!!
背けようとしても無駄らしく、
私はただただジッと待つことしか出来ない。
そしてあと数センチ……
「いいの?そうやって素直に俺を受け入れて」
「………っは?」
蓮の動きがピタリと止まった。
唇が触れそうなぐらいギリギリなところで、
動きを停止させた蓮。
喋ったら触れちゃいそうで……
徐々に距離を作る私。
「いいの?って……
嫌に決まってるでしょっ!?
抵抗したってアンタには何も効果ないし、
したって意味無いと思ったのよ!」
効果あるのなら、
今すぐにだって抵抗してるわよ!!
今だって蓮の胸板を何度も押してるけど、
ほら。やっぱり効果ない。
すると蓮はクスッと笑った。
「俺、男だよ?
そんな抵抗効くわけないじゃん」
スルッ、と。
蓮の指が私の唇に触れる。
その上を優しく撫で終えると、
「じゃあ、いただきます」
何かを忠告するかのようにそう呟いて、
ニヤリと笑っていた。
「あっ……唯ちゃん…。」
勢いよく開いたドアに、
ものすごく息が荒れた唯ちゃんが現れて。
夜ご飯の準備をしていた私は、
ちょうどコテージの入口付近にいた為、すぐにそれが確認出来た。
「……お、おかえり。」
「……………」
ハァハァと息が漏れている唯ちゃんは、
チラリと私に目線を向けてくれた。
どうしたんだろ……
なんだかすごく疲れているみたい。
「い、今ね!夜ご飯の準備をしてて……」
手伝ってくれるかな?
ってお願いしようとしたのだけど。
ゆっくりと顔を上げた唯ちゃんの額に何やら違和感を持った私は、
「あ、れ?オデコ……真っ赤だけど、大丈夫?」
自分の額を指さして、赤いよ?っと知らせてあげる。
何かぶつけたのかな?
額の一部が赤く腫れてるけど……
「っ!!」
すると唯ちゃんの頬が一気に赤色に染まった。
「………っえ?」
カァーっと赤くなる唯ちゃんに、
私は驚きを隠せず戸惑う。
「な、なんでもないわよっ!!
てかっ…!アンタに関係ない!!」
「きゃっ…!
あっ、ちょっ唯ちゃんっ?!」
ドンッ!と。
私の隣を通り過ぎて、
走り去って行った唯ちゃんに軽くぶつかった。
持っていたお皿が一枚床に落ちて、
パリーン!っと割れる。
あっ……割れちゃった….
コテージの階段を急いで駆け上る唯ちゃんの後ろ姿を眺めながら、
私はその場にしゃがみ込んで割れたお皿を拾おうとする。
怒らせちゃった……よね?
ああもう…どうしよう……
今でも結構嫌われているのに、
これ以上嫌われてしまうよ……。
フゥッと息を吐いて、
割れたお皿に手を伸ばせば。
「あっ、コラ。素手で触らないの」
パシリ、と。
その手を軽く掴まれる。
あ、れ?
いつの間に……
ふと顔を上げると、
至近距離に蓮くんがいて。
私の手を掴んでいるのも蓮くんだ。
「あっ……、ごめんなさい」
危ない、危ない…。
本当に怪我するところだった。
「大丈夫?怪我はしてない?」
心配そうに私の顔を覗き込む。
「うん、大丈夫。
ただ……
唯ちゃんの様子が変なの」
急に顔を真っ赤にさせて、
この場から逃げるように階段を上がっていってたし……
やっぱり、私が何か怒らせちゃったよね?
どうしよ……謝らないと…
気まずそうに顔を俯かせる。
すると私の手を掴む蓮くんの手が、スルリと離された。
「………ああ。唯ちゃん?
ふーん。そっか~
様子、変だったんだ?」
クスッ、と。
蓮くんが笑った。
「へ~そっかー。
ハハッ!
……結構簡単だったな」
ボソリと呟くように言う彼は、
何やら面白そうにニヤニヤと笑っている。
「えっ?」
結構簡単だったなって、
どういうこと?
キョトンとする私に対し、
蓮くんは「あっ」っと言葉を漏らす。
「ごめんごめん!なんでもないよ……
ほらっ、藍ちゃんは夕飯作っといて。
俺がここ掃除しとくから」
そう言って。
蓮くんはカチャカチャと割れたお皿の破片を、
一つ一つ丁寧に拾っていく。
……おかしい。
蓮くんもなんだか変だ。
その姿をジッ眺めながら、
ふい目線は蓮くんの額に向いて。
「……………」
蓮くんの額にも、
唯ちゃんと同じように一部が赤く腫れているのを見つける。
この二人……何かあった?
自然と私は首を傾げていた。
そんなこんなで、
唯ちゃんと蓮くんを探しに出ていた翔が帰って来て。
「なんだ、帰ってたのか」
っと、驚いた表情をしていた。
「あっ!翔、おかえり。
二人ともさっき帰って来たところだよ」
「じゃあ、入れ違いだったんだな」
ハハッと苦笑する翔。
「あれ、唯は?」
はぁっと息を吐き出しながら、
顔に滴る汗を服で拭く翔は周りをキョロキョロと見渡す。
「…っ、」
ドクンッ、と。
心臓が嫌な音を鳴らした。
どうしよう……
今はたぶん自分の部屋にいるはずなんだけど…
私のせい……だよね。
野菜を切っていた包丁を持つ手がピタリと止まって、
モンモンと唯ちゃんの事で悩む、悩む。
「蓮…。お前唯知らね?」
翔は静かな声でそう聞く。
「さあ。
部屋にでもいるんじゃないの」
「あー、部屋にいるのか。
たくっ……
夕飯の手伝いぐらいしろよ」
ふぅっと呆れたかのように、息を吐き出した翔。
私も頼もうとしたんだけど……
ダッシュで部屋に戻っちゃって。
呼び止めようとも、お皿割っちゃったし……
うーん、と頭を抱えて悩んでいれば。
「俺、呼んでこよっか?」
ヒラリ。
手をあげた蓮くん。
ニンマリと笑うその笑みが、
なにやら変な予感を感じさせた。