キッと目の前の男を睨む。
だけどその目つきは彼に何かを与えることなく無意味に終わるということ。
彼はどこからか聞こえてくる携帯のブザー音ですら無視を決め込んで
「あれ。その顔───────もう" その気 "になっちゃった?」
抵抗しなくなった私を見ては満足気に口角をあげているのだから。
身体中が熱い。
鼓動が速い。
顔は、きっと、赤い。
こんな自分に嫌気を感じる────。
~♪
昨日の夜から付けっぱなしだったらしいテレビから流れる音楽。
聞き覚えのあるそれを、甘い刺激に耐えながら横目で見た。
そこに映っているのは、駅前の大きな画面で流れていたあの映画の予告映像で。
(なんで、こんな時に……)
今1番見たくなかった。
というか、一生見たくないと思っていた。
───桜田紬と一ノ瀬櫂のキスシーンなんて。
「凛」
再び私の視界は春の姿でいっぱいになる。
「よそ見すんな」
そして私の中で何かがプツンと切れた。
身体を軽く浮かせて春の胸ぐらを掴み、引き寄せる。
グッと近づいた距離に目を丸くさせたのは春の方で。
「あんたこそ、よそ見しないで」
至近距離でそう告げてから、躊躇う間も与えずに口付けをした。
ぶつかるように触れた唇。ヘタクソと言われても仕方が無いと思う。
だって、私からは初めてなんだから。
「……私のことが好きなら、私だけを見てよ」
胸ぐらを掴んでいた手をゆるりと離す。
「………、凛…」
「なに」
文句でも?
イラついている私は眉根を寄せて春を見た。
きっと驚きのあまりに目が点になっているはずだと。
そう予測したものの、この時の春の表情は
もはや正反対と言ってもいいほどで。
「もしかして……ヤキモチ?!」
「………は?」
彼は餌を与えられる寸前の犬のように、
これでもかと瞳を輝かせていたのだから。