「安藤さーん。これ、お願いね」
「はい」
仕事が始まってから3時間が経過した。
昼過ぎのこの時間はいつも通り客足は少なく、仕事だって整理整頓か本の補充をする程度だ。
店主に言われた通り、私は数冊の本を持って売り場に向かう。
そしてレジから出てスグ
瞳が捕らえてしまうもの、
それは───── 一ノ瀬櫂の姿。
大々的に壁に貼られたポスターには
一ノ瀬櫂以外にも桜田紬の姿もあって、それはとある雑誌の表紙に飾られたものと同じ。
映画の告知でなのだろうか?最近その2人が表紙になっているものをよく見る気がする。
……しかも、距離が近いものばかり。
大々的に貼られたポスターなんて
他の雑誌と比べてより一層近い距離だ。
桜田紬の乱れた服に手をかける一ノ瀬櫂。
桜田紬の手が一ノ瀬櫂の頬に触れていて、色気のある2人が至近距離で向き合う。
昨日経験したばかりの私にとって
その姿はあまりにもリアルで……胸に刺さる。
この撮影中、何度触れ合ったんだろう、と。
(他の人に触れられるな とか言うくせに…)
仕事だから仕方がないって分かってる。
分かってるけど、
そうであっても良い気はしない。
触れて、触れられて
艶めいた目で彼女を見て
唇が触れそうな、そんな距離になること。
この先春は一ノ瀬櫂として何度も経験していくだろう。
彼は、俳優だから。
これ以上のことだって、
この先何度も経験する。
例えそれが演技であっても
春の瞳に映る人は
私だけじゃない。