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────朝。
仕事の準備が出来た私は玄関へと向かう。
静かに、ゆっくりと。
スニーカーに手を伸ばし、
靴紐を結ぼうとした───────時。
「ぅ、わっ!」
不意に屈んでいた身体が傾き、唐突のことに結構大きめな声が出た。
どうやら腕を引っ張られたみたいで私の身体は引っ張られている方向に傾く。
ぽふっと軽くぶつかった先から
ふわり、春の香り。
「俺も起こしてよ」
「っ…だって、休みって言ってたから…起こさない方がいいかと思って」
「そんなお願いしてない。」
ギュー。と、後ろから春に抱きしめられる。
春の身体は起きたばかりでなのか、とてもあたたかい。
「隣にいないから、ビックリした」
「……ごめん」
少し拗ねているような。
そんな彼に呆れることなく、私の肩に乗せる春の頭をふわふわと優しく撫でてみる。
ほんと…柔らかい髪。
その髪が頬にあたって少しくすぐったいけど、このぬくもりから離れる気にはならない。
「今日は何時に帰ってくる?」
「ラストまでだから…21時過ぎ、かな」
言うと、春は小さな溜め息と共に「長い…」と呟いてた。
ラストまでなんて普段通り。だからこの瞬間まで気にもならなかったことだけど、春に言われてから私自身もそう感じ始める。
今から数時間、春に会えないんだなって。
たった数時間ではあるけれど、
その数時間でさえも惜しい。
「あー…ほんと、離したくない。」
家を出る時間から既に数分。
今頃、外を歩いてる時間。
だけどいつも5分早めに出ているから、今日もまた時間には少しだけ余裕があって。
「まだ……大丈夫だよ」
ギリギリのその時間まで
私もこのぬくもりから離れられずにいる。