さっきいた場所へ戻ってくると、
未だにその場には春がいる。
「………まだいたの」
冷たい対応をとってしまうが、
眼鏡越しに見える瞳が私の姿を捕らえると
「……うん、もう帰るよ。」
少し、寂しげな顔をした。
伸びてきた手が私の髪の毛に触れ、
「髪おろしてる姿も可愛いね。」
「っ、」
マフラーのせいで表情はよくわからないけれど
きっと優しい顔で微笑んでいる気がする。
朝のテレビの中の笑顔とは違った笑みで。
「じゃあ、仕事頑張ってね。」
ヒラリと手を振ると私の横を通り過ぎていく。
その瞬間
私は春の袖を掴み、
「………終わったら、話したい事があるの。」
春の顔は見ずにそう言った。
というか、見れなかった。
きっと今の私顔が赤いし、相手が芸能人だと知ってちょっと緊張しているし、顔を見てしまえば余計な事を口走ってしまいそうだから。
「………、うん。分かった。」
その言葉と共に、服の袖を掴む私の手から離れるようにして店を出て行った。
その声はなんだか弱々しいようにも感じたけど
(今日、終わってから……確認しよう)
春は、一ノ瀬櫂なんだよね?って。
ちゃんと、教えてもらおう、本人の口から。
……もう隠し事はないように。