地図アプリを頼りに最短ルートを選びながら歩いていくと、目当てのスーパーが姿を現した。
砂漠でオアシスを見つけた旅人よろしくスーパーに駆け込んだ私は、冷房の素晴らしさに感動しながらカゴを持って店内を物色する。
色鮮やかな野菜を1つ1つ吟味し、カゴに入れては、また新しい野菜を手に取る。
野菜売り場には私と同じように野菜を手に取っては元の場所に戻し、時には自身の持つカゴに収める主婦の方が複数人いた。どの人も皆、表情は真剣そのもので、とてもスーパーの野菜を選別しているとは思えない。
負けていられない。と勝手に闘争心を燃やしながら、真っ赤に熟れたトマトを手に取る。手から伝わる重みや、皮のハリも申し分ない立派なトマトだ。深緑色のヘタも、しっかりと上を向いている。トマトを傷つけないようにカゴに入れ、次は精肉コーナーへ移動する。
パック詰めされた淡い色の鶏肉から赤みの強い牛肉までが所狭しと並ぶ棚から、豚バラと書かれたパックを手に取る。鶏肉よりも少し色味が強く、牛肉よりも優しい色の豚肉は今日の夕飯には欠かせないサブメイン食材だ。値段とドリップの有無を確認し、カゴに入れる。他にも何種類か買おうと再び視線を棚に移したところで背後から肩を叩かれた。驚いて勢いよく振り返ると、そこには見知った幼馴染みがペットボトルを片手に立っていた。

「たっくん!」

「ちっす」

砕けた挨拶をしながら、たっくん……宅森圭(たくもり けい)くんは私のカゴを覗き込んだ。別に見られて恥ずかしいものは入れていないけど、買い物カゴの中身を見られるのは何となく恥ずかしい。

「随分たくさん買ったんだな。おばさんとお前じゃ食べきれないんじゃねぇの?」

そう言えば、たっくんには再婚したことを言っていなかった。「実はね」と前置きして、お母さんが再婚したこと、その相手が笠原くんのお父さんであること、家を引っ越したことを話した。
たっくんは、ふーん。となんとも言えない返事をしただけで、黙ってしまった。

「あ、このことは内緒にしてね」

たっくんが人にべらべら話すとは思えなかったけど、一応釘を刺しておいた。笠原くんのファンにバレたら……なんて、考えるだけでも恐ろしい。

「分かってるよ。お前も大変だな」

頑張れよ。そう言ってたっくんは行ってしまった。
その背中を見送り、食材選びを再開する。笠原くんがどれくらい食べるのか分からないし、まず食べてくれるのかすら怪しいから、食材の量も定まらない。でも足りないよりはいい。というアバウトな感覚で私は鶏肉をカゴに突っ込んだ。

「足りないよりはいいとか思ったけどこれは少し、買いすぎた……かな」

目の前の袋詰め用の机の上には、私が購入した食材たちが所狭しと並んでいる。

その数、袋3つ分。

最早、買いすぎとかそういうレベルの話じゃない。重量級の袋3つをどうやって持って帰れと言うのだ。しかも1人で。

詰んだ

そう思った時、突然横からたっくんが顔を覗かせた。物音ひとつ立てずに現れるのはやめてほしい。忍者か。

「お前、どんだけ買ったんだよ……」

「た、たっくん〜〜〜!」

若干、どころか完璧に呆れているたっくんに、私は思わず涙を浮かべた。救世主の登場である。

「お願い!アイス奢るから運ぶの手伝って!」

顔の前で手を合わせ土下座せんばかりの勢いで頭を下げると、私の勢いに押されたたっくんは(引き気味に)承諾してくれた。

「ったく、仕方ねぇな。ダッツのバニラな」

「ありがとう!ありがとう!」

何度もお礼を言って、たっくんの気が変わらないうちに運ぼうと袋に手を伸ばすと、私が持とうとしていた袋は横から伸びてきたたっくんの手によって奪われてしまった。
代わりに手渡されたのは、たっくんが元々持っていた小さな袋。少しだけ中を覗くと、ペットボトルドリンクと数個のお菓子が入っていた。
私が袋の中身を盗み見ているうちに、たっくんはさっさとあの重い袋を両手に下げて歩き出してしまった。私も慌てて残りのひと袋を持って、たっくんを追いかける。

「たっくん!それ重たいやつだから私が持つよ」

「重たいからこそ男の俺が持った方がいいだろ。お前に持たせると、生まれたての子鹿みたいにプルプル震えてそうだしな」

「失敬な!私だってそれくらい持てる……と、思う」

「そこは嘘でも言い切れよ」

「うるさいな!想像出来ちゃったんだよ!」

「お前、握力も腕力も無いもんな」

「余計なお世話です〜!これでも女子の平均よりは上なんだから」

「まじかよ。じゃあメスゴリラか?」

「はっ倒すよ?」

私が拳を構えると、たっくんはわざとらしく口笛を吹きながら歩く速度を速めた。そういえば、昔から逃げ足だけは速かったな、こいつ。

「なぁ道案内してくれよ。俺、笠原の家知らねぇから」

「分かった。あ、いま通り過ぎた道を右ね」

仕返しのつもりでそう言うと、額に青筋を浮かべたたっくんが恨めしそうに私を睨みつけた。

「……もう少し早く言えっつうの」

「ごめんなさーい」

心のこもっていない謝罪をしながら角を曲がる。私の方が先に曲がったにも関わらず、たっくんはいつの間にか私の横を歩いていた。コンパスの差が憎たらしい。

チラリとたっくんの顔を盗み見ると、丁度目が合ってしまって慌てて逸らす。
流石に露骨すぎたか。と、ごまかすように口を開く。

「たっくん、身長伸びたよね。いまいくつ?」

「唐突だな。たしか、4月に測った時は180くらいだった」

180、と復唱して自分との身長差に落ち込んでしまう。男女差があるとはいえ、少し悔しい。小さい頃は私の方が少しだけ大きかったのに。

「なんだよ」

「昔はあんなに可愛かったのに……」

「いつの話してんだよ」

たっくんは、昔の可愛らしい面影を残さず好青年に成長した。顔のパーツも整ってるし、兄貴肌だから後輩からの信頼も厚い。笠原くんとは違うタイプのイケメンだ。
この顔に見慣れた幼馴染みの私が言うのだから、ほかの女子から見ればさぞイケメンに見えることだろう。

「彼女が出来ても、顔見せに来なくていいからね」

「お前は俺の母親か。頼まれたって行かねぇわ」

ふざけあいながら歩いていれば、あっという間に家に着いてしまった。たっくんにもう1度お礼を言って、お菓子とペットボトルの入った袋と私の袋を交換する。

「ここでいいのか?なんなら中まで運んでやるぞ」

「ここまで来れば大丈夫!ありがとう、たっくん!今度絶対アイス奢るからね!」

たっくんは特に反論することなく袋を受け取り、「楽しみにしてる。」と言って帰っていった。たっくんの背中に手を振り、受け取った袋を持ち直して玄関まで運ぶ。こんなに重たいものを2つも持たせていたのかと思うと、申し訳なくなってしまう。アイスは2つ奢ろうと決めて玄関の扉を開けると、そこには少し大きめのエナメルバッグを肩にかけた笠原くんが立っていた。
笠原くんは驚きで固まる私を見て小さく舌打ちをすると、私の横をするりと通り抜けて出ていってしまった。

「俺、しばらく帰らないから」

すれ違いざまに、冷たい声でそう言い残して。